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「人魚姫みたいだなぁ」


「え?」
 後ろを歩くルークがそう呟くのを聞いて振り返ると、ルークは照れくさそうに笑った。引きずる足を見て、早く休める場所を見つけようと改めて思う。
「人魚姫って知ってる?童話の」
「ええ、昔ネフリーに読んだやったことがありますよ」
 いつものように歩けないせいで、気が付けば人にのまれるルークの手を引いてやりながら思い出す。人魚姫、灰かぶり、ネフリーに読んだ童話たち。あの頃ネフリーは暇になるたび私に本をねだり、私は仕方がなしに学問書を置き童話を読み聞かせた。それがなくなったのはいつからだっただろうか。
「人魚姫って足を手に入れたけど歩くたび痛みが走るだろ?足痛いなぁと思ってた
らそれ思い出した」
「靴擦れで人魚姫ですか?とんだロマンチズムですね」
 人ごみを避けながら、座れるところを探す。いっそ宿に帰ったほうが早いだろうか。そう考えながらそんな自分を笑う。たかが靴擦れごときで私は何をそんな。

「俺もそう思う」
 ルークが笑う。その笑みは少し自虐的で私は眉をひそめた。そして、そのせいでルークのその言葉が先ほどの私の揶揄に対する答えだと気付くのに一瞬かかってしまった。
「ナタリアとガイに読んでもらったことがあるんだ。最後人魚姫は泡になって消えちゃうだろ?ナタリアがそれをかわいそうだって泣いてさ」
「彼女らしいですね」
 ふと、幼い日を思い出す。確かネフリーも同じように泣いていた。かわいそうだと。泣くとまでいかなくても、それが普通の感想なのだろう。私はどうだっただろうか。
「でも俺には人魚姫が可哀想だとは思えなかった」
 そうだ。私も可哀想だとは思わなかった。ただ自業自得だと思った。元々リスクを承知で足を手に入れたのだ。勝算もなしに命をかけるほうが悪いと、そう思ったのだ。しかし、だからこそ彼の言葉は意外だった。いかにも哀れみそうな人間だと思っていたのに
「理由をきいても?」
「俺ずっと屋敷に閉じ込められてたろ?だから外に出れて、好きな人のために生きれた人魚姫はしあわせだったと思ったんだ。むしろ人魚姫のために髪を切ったのに置いていかれちゃったお姉さん達のほうがかわいそうだった」
 変だろ?とルークが笑う。

 どうしてだろう。同じかわいそうじゃないでもこんなにも違う。同情することではないと感じる私と不幸ではないと感じるルーク。前者は優しくなく、後者は優しすぎる。そしてそのどちらもまともな人間ではないのだ。

 人でない彼は死ぬときは泡になるのだろうか。泡になって消えてしまうのだろうか。

「ルーク」
「何?」
 言葉がでなかった。消えないでほしいと思うのに。王子を殺すためのナイフを私は持っていない。手に入れるすべすらわからない。ああ、声をなくしたのは私だったか。

(ルーク、出来ることがあっただけ幸せでしたよ。人魚姫の姉は)

 それとも、いっそ殺してしまおうか。彼が無事泡になれるように。喰われることなどないように。あの緋色の王子を。

「ジェイド?どうしたんだ?」
 何を考えていたかなど言えるはずもなかった。


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泡ときえる

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