「へーか」

ああ、子供の声がする。


「へーか。へーか」

そんなに呼ぶな。いま行く。


「せかいがおれをころしたんです」

赤い髪の子供が虚ろな瞳でこっちを見ている。

泣かないでくれ。俺がいるから。


「へーかがおれをころしたんです」

追いかけて追いかけて掴まえようとするのに届かない。

たのむ。まってくれ。


「おれはしあわせになりたかったのに」

そうだ。お前は幸せになるべきだ。だからいかないでくれ。


「これからわらえるはずだったのに」

やめろ。消えるな。傍にいてくれ。

鮮やかな朱が闇に沈んでいく。


「へーか」

やめろ。消えないでくれ。なんでもするから。

子供の手が足がどんどん闇に飲まれていく。


「せかいがおれをころしたんです」

やめろ。たのむ。消さないでくれ。

もう微かに朱色の髪が見えるだけだ。


「へーか」

やめろ。やめろ。やめろ。

そしてすべてが闇に消える。



「陛下が俺を殺したんです」




「…ク!ルーク!!
ベッドの周りに集まっていたブウサギたちが突然の飼い主の声に怯えるように逃げていく。ピオニーの腹の上にのっていた一匹だけが鳴きながら覗き込んでいる。他のものよりも小柄で少し赤みがかったブウサギ。
「なんだルーク。お前がいまの夢を見せたのか?」
苦笑しながら温かな生き物を抱きしめる。
「寂しいなぁ。ルーク」
部屋のすみに隠れていたブウサギたちが飼い主を心配して集まってくる。
「寂しいよ。ルーク」
もう一度、亡くした子供の名前のブウサギを抱きしめる。


コンコン。

扉をたたく音にブウサギたちが一斉に耳を立てた。
「陛下、入りますよ」
ドアの向こうから聴きなれた声が聞こえた。ブウサギたちも自分の世話係と分かり、ドアに向かっている。腕に抱かれたルークだけが微かに鳴いてピオニーの傍に残った。
「陛下。もういい加減起きないと、旦那に叱られますよ」
「可愛くないジェイドは本当に可愛くないな。ところでガイラルディア。そろそろ寂しくてな。ブウサギを引き取るから手続きをしておいてくれ」
「なっまだ増やすんですか!?だれが世話してると思っているんですか」
「ガイラルディアだな。よし、次のやつの名前はガイラルディアにしてやろう」
「やめてください!!自分の名前のブウサギを世話したくありません!!ただでさえブウサギのジェイドの世話をするのは微妙な気分なのに!」
「皇帝命令だ。さっさと手続きしてこい」
にっと笑ってひらひらと手を振る。
「はあ。まったくしょうがないですね」
ガイはため息を吐きながら、愚痴るように言う。
「だいたい、どうして陛下はブウサギを飼っているんですか」

腕の中のルークをぎゅっと抱きしめる。
温もりと鼓動が腕に伝わる。

ああ、生きている。


「そんなの、こいつらが可愛いからに決まっているだろう」

いつものように皇帝は笑った。




平穏の代償