「生まれたことを、生み出されたことを恨んでいないのですか」

思わず出た言葉にジェイドは内心眉をしかめる。こんなこと言う気はなかった。

「恨んでないよ」

この子供の性格を考えれば、答えなど分かっていた。
それでも聞かずにはいられなかった。

「どうしてですか。恨んでいい。憎んでいい。貴方にはその権利がある」

きっと私は恨んで欲しいのだ。そうすることで救われたいと思うなんて、それこそ救えない。
翡翠の瞳が私を見つめて笑う。

「恨んでない。俺は生まれてきたことを恨むなんてできないよ。ジェイドはレプリカのことを自分のせいだと言うけど、そんなのは傲慢だ。俺は生まれたいから生まれたんだ。きっとみんな、生まれたいから生まれたんだよ。それを罪だなんて言わないでくれ」

「…それでも、レプリカという技術があったからこそ悲劇が起こったのは事実です」

彼らが生まれなければ、あんな悲劇は起こらなかった。
私が生まれなければ、こんな悲劇は起こらなかった。

「うん。レプリカは生まれちゃいけないと俺も思う。そうじゃなくて、上手く言えないんだけど、生まれてきたいと思ったことを否定しないで欲しいんだ」

「生まれてよかったと、本当にそう思うんですか。貴方は世界のために殺されるのに」

「それは違うよ、ジェイド。俺はもう世界のためになんか死ねない。これから俺がすることは世界のためなんかじゃないんだ。いいや、本当は瘴気を中和した時だって世界のためとか、そんなんじゃなかったんだよ、きっと」

あ、ちなみにローレライのためでもないからな。そうルークは笑った。
私は笑えなかった。

「償いのためですか」

「確かにアラミス湧水洞でガイが俺に罪を償うには世界中の人を幸せにするしかないって言ったけど、そのせいじゃないんだ。罪はずっと罪だ。きっと何をしても償えない」

罪は償えない。ただそれを認めて生きるしかない。それはジェイド自身思ってきたことだった。
しかし、それがルークにも当てはまるとは到底思えなかった。
彼がここまで傷ついて、犠牲になって、それでも償えない罪とはなんだ。

「俺が死ぬのは償いなんかじゃない。こんなことを言うのはひどいと思う。けど、俺はアクゼリュスの人たちのためには死ねない。俺は俺のために生きて、俺のために死ぬ」

自らの死を笑って話す彼が悲しかった。
けれどジェイドには何も言えない。言うべき言葉を持たない。

「俺はずっと俺が生まれた意味を考えていたけれど、そんなのなかったんだ。俺は生きたいから生まれたんだ。生きたいから生まれて、生きたいから生きて、そして生きたいから死ぬんだ」

いっそ泣いて欲しかった。笑いながらしか『生きたい』と言わない彼を殴りたかった。そうすれば泣いてくれるだろうか。
しばらくお互い黙っていた。

ルークが空を見上げる。彼が取り戻した青い蒼い空を。

「『我らは我らの屍の上に国を作る』」

目線を空に向けたままルークは再び話し始めた。

「レムの塔でマリィさんのレプリカが言ってただろ?それで分かったんだ。俺が死ぬのは俺が生きるためだ。ジェイドが、みんなが笑えない未来なら、生きていてもしょうがない。俺は俺の屍の上に、俺の未来を作る。俺の欲しい未来を作る。俺は俺を生かすために死ぬ。世界のためなんかじゃない。犠牲なんかじゃないんだ」

この子供は分からないのだろうか。貴方のいない未来で私たちが笑えるはずのないことに。
分かっていてこんなことを言うのか。
自分自身のためだと言うことで、礼も謝罪も受け取らない。

「…傲慢ですね」

「そうかな。そうかも」

そう子供は笑った。私は笑えなかった。

自殺志願のエゴイスト