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 (お前が俺を愛せないことなど知ってるよ)

「ジェイド、俺はジェイドが好きだよ」
 赤い瞳が見開かれる。馬鹿だなぁ。そんなに驚かなくてもいいだろうに。きっと嫌われてるとでも思っていたのだろう。
「・・・・・・貴方は私を嫌っていると、恨んでいると思っていたのですが」
 ほら、やっぱり。普段は鋭いのにこういうところでは鈍い。あの人以外、自分を好きになるような人はいないと思ってた?それはそれはおあいにくさま。
「嫌いだなんて・・・。俺がジェイドを嫌いだなんてそんなわけあるはずないじゃないか。俺はジェイドが好きだよ。ネビリムさんのこともフォミクリーのことも関係ない。俺がジェイドを好きなんだ」
 好きだよ。大好き。愛してる。だからそんな傷ついたような顔するなよ。笑い出したくなるだろう。お前に傷つく権利なんてないくせに。でもいいよ、許してあげる。愛しているから。ほらね、嫌ってなんかいない。憎んでないとも言わないけれど。
「・・・・・・でもジェイドは嫌だよな、俺なんか。レプリカだし、こんな何時消えてしまうか分からないような奴、好きになんてなる人いないよな」
「そんなことありません・・・!好かれるはずないのは私のほうです。ガイもティアもナタリアもアニスもミュウもみんな貴方のことを愛しています」
 うん、知ってる。でも要らない。そんなものはどうでもいいんだ、俺にはもう。甘く優しい愛などいらない。俯いて、涙を溜める。さて、止めといこうか。
「ジェイドは・・・・・・?ジェイドは俺のこと嫌い?」
 ジェイドの罪悪感を知ってるよ。赦されたがっていることを知ってるよ。だから。
 さあ、この手をとって?
「・・・・・・わたしも」

 はい、つかまえた。



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 (あいつが貴方を愛しているから、俺は貴方が嫌いです)

 どんっ
 握り締められた拳が顔の横を走った。こんな風に壁を殴ったら手を傷めるだろうに。壁のほうも大丈夫だろうか。まあどうせこの宮殿の全てこの人のものだ。どうしようが勝手か。
「ルーク、お前ジェイドに何をした・・・・・・!!」
 嗚呼、そんな顔を歪めて。貴方のそんな顔をみたのはレムの塔のとき以来かな?あの時は悔しさとか同情だったけど、きっと今は怒りなんだろうね。
「陛下?ジェイドがどうかしたんですか?」
 駄目だ。笑いが堪えられそうにない。きっと鏡を見たらにやにやした顔が映っているだろう。
「さっきあいつの部屋に行ったら、一方的に別れを告げられた。もう会いに来るなと。お前、あいつに何を言ったんだ」
「どうして俺が何か言ったと思うんです?ジェイドが貴方に愛想を尽かしただけかもしれませんよ?」
 くすくすと笑うと端正な顔が真っ赤に染まる。嗚呼、なんて面白い。
 まあ、俺が言ったんだけどね。簡単だったなぁ。
「・・・・・・ルーク。お前、ジェイドをどうするつもりなんだ」
 別にしたいことなど単純なこと。
「どうするつもりもありませんよ?俺はジェイドを愛してますから」
 にっこりと笑うと皇帝は怯えたように後ずさった。意外と鋭いんだなあ。こんな殺気に反応できるなんて。
「ジェイドは俺が貰います。もう貴方の元へは返さない。世界を救ったんだから、それくらい貰ってもいいでしょう?」
 化物をみるような目で立ち尽くす男の横を通り抜け、扉を目指す。早くジェイドの傍に行かなくては。きっと自分の吐いた言葉に性懲りもなく傷ついているだろう。
「待て!ルーク!!」
「それじゃあ、さようなら陛下。貴方は独りで生きればいい」

 貴方になりたかったけど、もういいや。


*****



 (顔で泣いて心で笑って、騙されてくれてありがとう)

「ねえジェイド。愛してる?」
「はい、愛してますよ。ルーク」
「うん。俺もジェイドを愛してるよ。俺にはジェイドだけだよ。だからジェイドも俺だけだよね?」
「ルーク?」
「陛下ともう会わないで。ジェイドがピオニー陛下と居ると、ジェイドは本当は俺なんか愛してないんじゃないかって不安になるんだ」
「そんなことありません。私はルークのことが好きです」
「ごめん。こんな我侭言ったら迷惑だよな。本当にごめん。俺なんかがジェイドを縛る資格ないのに」
「ルーク・・・」
「でも嫌なんだ。俺が、俺が消えるまででいいから・・・!それまでは俺だけのもので居て」
「消えるなんて、言わないでください。私はずっと貴方のものです」
「ありがとう、ジェイド」

 ねえ、気付いてる?自分がどんな顔してるか。別に泣いたって逃がさないけどさ。



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 (本当は愛されたかったけど)

 その日は唐突に来た、わけでもなかった。なんとなく気付いていた。おそらく今日だろうと感じてた。心配されると迷惑だからだれにも告げなかった。だんだん感覚が鈍くなっている。音素が少しずつ乖離しているのだろう。
 残り時刻はあと少し。
「ジェイド、大事な話があるんだちょっといいかな」
 ジェイドを誘い出して、外に出る。この間見つけた街外れの丘がいいだろう。ただ一輪の花もなく、緑だけが広がっているところが気に入った。花などいらない。
 出かけ際にガイに声をかけられる。夕立が降るらしい。傘を持っていくか、降りだす前に帰るように言われたので一本だけ傘を持った。ついでに夕飯は何がいいか訊かれたので魚と答えておく。何度もいいのかと確認されたが構わない。どうせ俺がそれを食うことはないんだし。
 街を歩いていると、噴水の水がきらきらと光って眩しかった。いい天気だ、空が青い。晴れてよかった。
「はい、到着」
「ルーク?何がしたいんです?散歩ですか?」
 突然連れて来られてジェイドは戸惑っているようだった。確かに「この景色を見せたかったんだ」という雰囲気の場所ではない。何にもない、ただの丘だ。
「ジェイド、ジェイド、愛しているよ」
 そう言ってぎゅうっと抱きついた。逃げられないように。
「ルーク?」
「あのね、俺、今日消えるんだ」
 にっこりと笑う。もう演技の必要はない。
「え」
 ジェイドは俺が何を言ったのか理解できないようだった。変な話だ。俺の身体のことなど俺の次に理解しているだろうに。
「消える。溶ける。乖離する。死ぬ。俺は今日でジェイドの前からいなくなる」
「、それならこんなところにいる場合じゃないでしょう!医者に・・・!!いや、」
 医者に見せても無駄だ。そんなこと、とうに理解しているはずなのにそんなことを言い出す。慌てているのだろう。笑ってしまいそうだ。
「ティアたちに知らせて・・・!」
「いらないよ」
 わざわざ置いてきたのに連れて来られては堪らない。俺はみんなに看取られて、お涙頂戴の劇をする気はない。
「いらない。いらない。言っただろう?俺はジェイドだけでいいって。ジェイド以外いらない」
 そういうとジェイドの顔が絶望で染まる。いや、恐怖か?なんていまさら。
「ふふ、愛してるよ。ジェイド」
 くすくすと笑いながらさらにぎゅうっと抱きしめる。びくりと肩が震えた。本当に愚かだ。だから愛おしい。
「愛してる。愛してる。愛してる」
 ごめん、ガイ。これが愛だと言ったらお前は怒るかな?でもいらないんだ。砂糖菓子のような、甘く優しいだけの愛など俺はいらない。
「なあジェイド。忘れないで、俺だけがお前を愛せる。お前を赦せる」
 頬に手を当てる。手の感覚がないせいで力加減が分からず、引っかいてしまった。白い顔に瞳と同じ赤がにじむ。
「誰もお前を救えない。触れられない。俺以外を想うなんて許さない」
 にじんだ血を舐めてみたが何の味もしない。味覚は三日前に消えていたのだった。だからそのまま唇に口付ける。
「愛しているよ。愛しているよジェイド」
 くすくすくすくす。
 なんてしあわせだろう。これでジェイドは永遠に俺のもの。
「ねえ、ジェイドは俺のこと愛してる?」
 いつの間にか現れた雲からは今にも雨が降り出しそうだ。青空の下で消えれば綺麗かと思ったのに。すこし残念。
「あい、してま、す」
 その答えに、俺はにっこりと笑った。
「うそつき」
 雨粒が俺の身体を通り過ぎた。入れ替わるように俺は消えるのだろう。


*****


 あ、ジェイドに傘を渡すのを忘れてた。風邪をひかなきゃいいけど。
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