最後の姿は覚えていない。
笑っていたのか、泣いていたのか
何の根拠もなくまた来るのだと信じこんで、何もいえぬままあの子を失くした。
思い出すのは暗い灰色の中の朱。
俺が殺した愛しい子供。




 願いの詩



青い青い青い空に昇っていく光を見た。
「ルーク・・・?」
何故そう思ったのか。だって俺は何も知らされていない。
知ろうとしなかった。知りたくなかった。

夢を、何度もあの日の夢をみる。
「陛下。俺、この世界が好きです。陛下がいて、みんながいる、この世界が好きです。だって綺麗だ。世界中を回って色んなものを見て色んな人に会って・・・。みんながみんな優しいわけじゃなかった。でも、みんな自分や誰かのために生きようと必死だった」
なら、どうしてお前は生きようとしないんだ。
生きてくれ。生きてくれ。俺はお前を・・・。
「だから俺はレプリカ達と、俺の同胞と・・・・・・、きっと瘴気を晴らして見せます」
それはお前が死ぬということだろう?
止めろ。誰か。止めてくれ。
「陛下は生きてください。陛下は死なないで」
お前がそれを言うのか。
嗚呼、動けない。殴りたい。止めたい。攫いたい。逃げたい。動けない。
「サヨナラ陛下」
「ああ、ルーク。ありがとう」
夢ですら「共に逃げよう」とは言えない。

「へーいかっ手が止まっていますよ〜?」
書類を持ってきたジェイドがいつもの顔でたしなめる。
「もういやだぁー。ほら!ルークが!俺のルークがこんなに寂しそうにしているのに放っておけるわけがないだろう!?」
「私には明らかに嫌がっているように見えますがねぇ」
「そんなことないぞ。ブウサギの気持ちの分からん奴め。なぁ?ルーク」
ぎゅうっと小ぶりの身体を抱きしめる。ガイが特にこいつを可愛がっているから他のものより毛並みがいい。ジェイドが目を細めるようにしてルークを見ている。時々そんな目でルークを見ることをピオニーは気付いていた。きっとあの子供を思い出しているのだ。――自分のように。
「・・・・・・陛下、私を恨んでも構いませんよ」
「どうしてお前を恨む必要がある?」
「陛下があの子、ルークを気にかけているのは知っていました。それでもあの子が消えることを貴方に報告しなかったのは私です」
薄っすらとジェイドが微笑む。きっとこいつは恨まれたいのだ。全てのはじまりはジェイドにも関わらず、誰もジェイドを責めなかった。裁かなかった。それでも
「俺はお前を恨んだりしてやらないよ」
ジェイドが俺をじっと見つめ、目を伏せた。俺は目を逸らさない。もう目を逸らさないと決めた。ルークを瘴気を消すために殺すことを決めておきながら、俺はあいつが生きていてくれたことが嬉しかった。そんな資格がないと知っていても、泣きたくなるほど嬉しかった。今なら信じたこともない神に感謝できると思った。失う決意はいつもしていたはずだった。エルドラントへ彼らが向かうときに再び世界のためにあの子を殺すつもりでいたのだ。けれど、突入してからも何度も戻ってくるから、何でもないような顔で笑うから。会えるような気がしてしまったんだ。終わりなど来ないって思ってしまったんだ。そんなはずないのに。否、きっとどこかで俺は気付いてた。あいつが死ぬこと。時々霞むルークの指を目の疲れのせいにして。やつれていく姿を疲労のせいにして。単に俺はルークの死から目を背けていただけだ。失う決意なんて初めから出来ちゃいなかった。
「ルークのことでお前を恨んだりしたら、ルークがお前のものってことになるじゃないか。そう簡単にお前にルークはやったりしないさ」
残念だったな、そう言って笑う。笑えているだろうか。腕の中のルークが身じろいだ。大丈夫。温もりは此処にある。
「おやおやぁ?ルークは自分のものとでもおっしゃるつもりですか?へーか」
「はっはっは!お前のものでもないだろう?ジェイド」
と、いつもどおりの会話を繰りかえす。落ち込むなんて俺たちらしくない。
「俺はあいつに自分を重ねて見てただけだ」
俺と同じように大人の都合で閉じ込められていた子供。
「俺に似ていると思った」
だから彼が世界を周るのをまるで自分のことのように喜んだ。羨ましかった。俺はもう動けない。
「まぁ、あいつに取っちゃ迷惑だったかもしれないがな」
罪と心と己とを引き換えに得た自由だ。羨むほうが間違っている。それでも羨ましかった。仲間と世界を周れるあいつが。
「ルークは貴方と自分が似ているなんて思っていませんでしたよ」
「だろうな」
俺が苦笑すると、ジェイドも笑った。普段とは違う穏やかな笑み。綺麗な顔に似合う、だけど見慣れない。ルークのための表情。
「・・・・・・憧れなんだそうです」
「は?」
「『陛下のようになりたかった』そう言っていました」
「それは・・・・・・」
「尊敬してるから、だからある意味苦手なんだと笑っていましたよ」
「そうか・・・・・・。じゃあ、あいつの為にも頑張らなくちゃな」
「はい。ということでサクサク仕事進めてくださーい」
いつの間にかジェイドはいつもの薄ら笑いを浮かべていた。そして手には大量の書類。
「げ。お前さすがにこれは多くないか?」
「そんなことありませんよ〜?」
「・・・・・・ははぁん、さては俺ばっかりルークに尊敬されて妬いているな?」
「妬いてなんていませんよ。だって私がルークから欲しかったのはそんな感情じゃありませんから」
「ほう?」
「どうせなら愛してると言って欲しいじゃないですか」
その言葉に目を見開く。死霊使いの言葉とは思えなかった。ピオニーの知っているジェイドはそんな言葉を軽々しく使う男ではなかった。嗚呼本当にこいつは変わった。
「まったくだな!じゃああいつが帰ってきたら言って貰うとしよう」
「・・・・・・帰ってくると?」
ジェイドが眉をしかめる。でも俺は知っている。その目に期待があることを。こいつは頭が良すぎて自分じゃ肯定できないから、誰かに肯定して欲しいのだ。
「帰ってくると、そうルークは言ったんだろう?」
「それでもあの子が帰ってこれる確率なんてゼロに近い」
「でもゼロじゃない。なら、信じてやるのが良い男ってやつだ」
腕の中のルークが微かに鳴いた。床に降ろしてやると、トコトコと窓のほうへ向かう。それにつられる様に俺もジェイドも窓の外を眺めた。青い空の下、レムの光を反射して海がキラキラと輝いている。あいつが救った世界は今日も綺麗だ。



帰っておいで。
世界じゃない、俺がお前を待っている。
だから早く帰っておいで。
そしたら今度は間違えない。
抱きしめて呆れるほど「愛してる」と言ってやろう。