「この戦いがおわったらさ、みんなで海に行こう」 外郭大地を降下させる旅の途中、ルークが言った。確かロニール雪山のパッセージリングを操作し終わったケテルブルクの夜だった。そのときは、またずいぶんと子供っぽいことを言い出したものだと思った。 結局、ヴァンをアブソーブゲートで倒したあとはルークは軟禁されていたし、皆それぞれ忙しくて思い出すことすらしなかった。だからルークが再び海に行こうと言い出したのには驚いた。忘れていたというのもあるし、なによりこの状況でそう言い出すことが予想外だった。ルークの乖離はどんどん進んでいて、エルドランドに突入するまで持つかどうか疑問なほどだった。 誰かがそんなことしてる場合かと言わないかと期待した。しかし皆快く受け入れた。おそらくは7年しか生きていないこの子供に思い出を与えたいのだろう。そして私には彼の希望を拒否することはできなかった。 海へはアルビオールで小さな孤島に運んでもらった。透き通った綺麗な青い海だ。 ルークはガイに泳ぎを教えてもらっていたし、アニスはそれをからかっていた。 ナタリアはノエルと航海のお守りを作るために貝殻集めしていたし、ティアはヤドカリに心を奪われているようだった。 ジェイドは木陰でそれを眺めながら本を読んでいた。最近には珍しくフォミクリーに関わりのない、単なる譜術についての本だ。ジェイドからすれば特に目新しいこともない平凡な本だったが、もとより単なるポーズとして読んでいるだけだったので問題はなかった。ただ彼の楽しそうな顔を見ることだけが目的なのだから。 昼はパーティーのなかで一番料理の上手いアニスが腕をふるって作った昼食を食べた。しかもデザートにカキ氷まで付いた。さすがにカキ氷のために譜術を使ったのは初めてだった。 穏やかな時間だった。 世界の危機なんて信じられないほど、穏やかな時間だった。 夕暮れが近づき、皆着替えて帰ろうとしている時、名残惜しそうに赤く染まる海を眺めていたルークにガイが声をかけた。 「なんだ?まだ遊び足りないのか?」 「だって、楽しかったからさ」 「また来ればいいだろ。ローレライを解放したらいくらでも来れるさ」 ガイのその言葉に薄っすらと夕日に染まる子供の背が少し震えたように見えた。泣き出すのかと思ったが、振り返った子供の眼に涙はなかった。 「やだよ。こんな疲れることもうごめんだって」 「それはお前がはしゃぎ過ぎるせいだろーが」 「いいからさっさと宿に帰ろうぜ。潮でべたべたしやがる」 その言葉に皆アルビオールに向かって歩き出した。 赤い光の中の子供の後姿に目を細め、そして唐突に理解した。この頃の子供の行動の意味を。彼は約束を果たそうとしているのだ。忘れてしまいそうな程些細な約束を最近の彼はそっと終わらしていっていた。きっと果たされた本人すら気付いていないかもしれない。皆、気付いている様子はなかった。そしてジェイドは約束というものがあまり好きではなかったため、彼と約束したことなどほとんどない。そんな中で珍しくジェイドともした約束が今日の海だった。 「ルーク」 逆光の中、子供が消えてしまうような気がして思わず声をかける。 彼は少し振り向いて足を止めて私が近づくのを待ってくれた。 「ルーク。いつかケテルブルクに行きませんか」 「ケテルブルクに?」 「あそこは空気が澄んでいて、とてもとても星が綺麗に見える場所があるんです」 「へぇ、ジェイドがそう言うなんてほんと綺麗そうだな」 「はい。雪に反射して星の光だけで辺りが明るいんですよ。一面、青色の世界です」 子供の朱い髪を撫ぜながら、話しかける。 「いつか一緒に行きましょう」 一瞬、嬉しそうな顔をした後、子供の顔が歪む。深呼吸をするようにゆっくりと目を瞑り、そして開く。 「無理だよ、ジェイド。俺は行けない」 翡翠にはただ諦めだけが浮かんでいた。 子供はそう言うと走ってアルビオールに乗り込んでいった。 すでに辺りは薄暗く、海は闇に沈んでいる。 嗚呼。結局、彼はこんな些細な約束すら残してはくれないのだ。 |
結局、君はなにひとつ