雲ひとつない青空の下、男は立っていた。 セレニアの花が咲き乱れる丘は遠くに海が見えた。 その前に見えるエルドラントには崩落が終わってからも仲間たちの誰も足を踏み入れていない。皆、彼の死を認めたくないがためにあの地を避けていた。 しかし男はいずれ行かなくてはならないだろう。国家として、いつまでもあのままにしては置けない。いままで放っておいてくれたのはひとえに皇帝の配慮のためであった。それでもかの地の魔物は強力であり、民間人に被害が出る可能性がある以上、そのままにしてはおけないだろう。そしてあそこに行ったことがある軍人は男のみなのだから、道案内をしなくてはいけないことは目に見えていた。 男の前には白い石版が横たわっていた。それは墓というにはあまりにシンプルで美しく、なにより彫られるべき名前がなかった。これをこの地に置こうと言い出したのはナタリアだった。 1年前、帰ってきた彼は男たちの待っていたあの子供ではなかった。奇跡は二度は起こらない。誰もがもう自分たちのあの聖なる焔の光は帰ってこないのだと理解した。“ルーク・フォン・ファブレ”が帰還した以上、キムラスカは彼の墓を取り壊した。だからナタリアは自分たちで彼の証を建てようと提案した。 設計から設置まで女性陣がほぼ全てをおこなった。ジェイドもガイも何もできなかった。刻む文字はアニスとティアが考えた。“ルーク・フォン・ファブレ”と名を刻むことはできなかった。かわりに三つの言葉を刻んだ。設置の際にはジェイドにも来てくれ、と手紙が届いた。しかし、忙しいことを言い訳に断った。男は墓など欲しくなかった。 それでも三月経ち、ふと男はこの丘に訪れてみた。彼が消えた地に向かう前に覚悟を決めたかったのかもしれない。 白い石の前に膝をつき、刻まれた文字を指でなぞる。
“ありがとう”
“ごめんなさい” “愛している” ポタ 音を立てて、石版に水が染み込む。 「……雨?こんな晴れているのに」 ポタ・ポタポタ 「天気雨でしょうか」 言葉とは裏腹に男は決して空を見なかった。俯いて、ひたすらに文字を撫ぜた。 そもそもいくら天気雨といえど、まったく雲のない状態で雨が降るはずないのだ。それでも石版の上に水滴は降りつづけた。 ポタポタポタポタ 真白の墓は太陽を反射して輝いていた。 雨はいまだ止まない。 雲ひとつない青空の下、男はそっと目を閉じた。 |
死にも等しく降りそそぐ雨
”ごめんなさい”はアニス、”愛している”はティアが考えたという設定です。ガイは墓を作るのは手伝いませんでしたが、設置には立ち会いました。
陛下はジェイドのことを気遣ってくれているといいなぁ。
管理人はEDで帰ってきた彼はルークでもアッシュでもない二人の記憶をもった別の人格と考えています。
だれも報われませんが、そういう話好きなんです。