世界は俺に死ぬ機会を三回与えた。
一度目はアクゼリュス、二度目はレムの塔、そしてエルドラントで三度目の正直。
アクゼリュスでもレムの塔でも俺は死ななかったが代わりというわけではないけどたくさんの人が死んだ。
俺が殺した。
ならば俺がいなければ―――



リセットボタンを押したのは誰だ



目を開ければ星が見えた。
空に浮いた譜石がところどころで黒く空白を作っている。そのままそれを眺めていると、拡散していた意識がだんだんまとまってきた。

頬に当たる草、風に乗って運ばれてくる花の匂い、身体は微かに鈍く痛む。

「生きてる・・・」

俺は死んだはずだ。ローレライを解放して、音素に還る瞬間だって覚えてる。確かに俺は死んだはずなのにどうして生きてるんだろう。とりあえず起き上がって辺りを見回す。
――いったいここはどこなんだろう。
夜の蒼い空気の中セレニアの花が青白く輝いている。崖の向こうからは海が見えた。

――嗚呼、此処はタタル渓谷じゃないか!



戻ってこれた!帰ってこれるなんて欠片も信じちゃいなかったのに、約束を守るなんてそんなこと出来るはずないって思っていたのに!あぁ、みんなは待ってくれているだろうか。自分でも信じていなかったのに、待っていて欲しいなんて傲慢だって分かってる。でも会いたい。会いたい!会いたい!会いたい!
此処がタタル渓谷なら、グランコクマが一番近いはずだ。まずジェイドに会って、それから・・・。

草の中に人影が見えた。

「・・・・・・ティア!!」
俺から少し離れたところに倒れているティアに駆け寄ろうとして違和感を感じ足を止める。なんだか身体の動きが鈍い気がする。ずっと眠っていたような、全体的に意識しているよりも反応が遅い。腕を揉んでみようとして視界に赤いものがあることに気付いた。
――どうしてこんなものがあるんだ。
俺の頭から伸びる長い長い髪。アッシュよりも痛んだ赤。
捨てたはずのそれがここにあった。

捨てたはずの俺がここにいた。




どうして・・・!どうして、どうして、どうして、どうして、どうして!!
よく注意してみれば、俺が身に着けている服も、ティアの様子も、俺には覚えがあった。擬似超振動。タタル渓谷。俺の旅の始まり。反応した第七音素。ティアと出会った日。


目の前が
世界が暗くなる。


「あ゛あぁあ゛あ゛あぁぁぁ゛あああ゛ぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・!!!!」


また繰り返せと言うのか!?
また初めから繰り返して、否定されて、見捨てられて、殺して、殺して、そして再び死ねと言うのか。俺は。俺は。俺は・・・・・・!!
「ぅん・・・・・・」
「!!」
ティアが目を覚ましそうになって凍りついたかのように固まった。
心臓が耳に移動したかと思うくらいばくばくしている。

嫌だ。会いたい。駄目だ。違う。でも。もう嫌だ。会いたかった。約束。会えない。だけど。また捨てられる。俺は。どうしよう。違う。知らない。やり直せる。誰か。帰りたい。居場所なんて。助けて。そんな資格。帰るって。嫌だ。会いたい。嘘だ。こんなのいらない。ティア。もう俺は・・・

しばらくするとティアの寝息が聞こえてきて、俺はようやく息を吐いた。



――このまま此処にいちゃいけない。
俺は落ちていた木刀を拾い上げ、逃げ出した。途中出てきた魔物をなるべく音を立てないように倒していく。誰にも見つからないように、気付かれないように、気をつけながら俺は渓谷を出た。
ティアを一人残してきてしまった・・・。
後悔が掠める、それでも俺は嫌だった。もう誰も殺したくなかった。誰も傷つけたくなかった。俺のせいで泣いたりなんかして欲しくなかった。このままいけば俺はアクゼリュスの人々を殺してしまう。俺がいなければ、俺さえいなければアクゼリュスの人たちも、レプリカたちも死ななかった。アッシュだって家に帰れたはずだ。
俺さえいなければ―――

「俺は死ななくちゃ・・・」





誰も俺の死を悲しまないうちに、誰も俺を知らないうちに、俺は消えなくてはいけない。
そうすればきっと全てが変わる。
俺は好きだった。ティアが、ガイが、ナタリアがジェイドがアニスがイオンがノエルがアッシュが父上が母上が叔父上がピオニー陛下がアスランさんが、師匠が、好きだった。大好きだった。だからもう俺のせいで誰かが死ぬなんて泣くなんてきっと耐えられない。繰りかえすことなんて無理だ。やり直そうなんて、そんな傲慢なこと考えることすら許されるはずがない。
俺はもう十分だった。泣いてくれた、惜しんでくれた、それ以上なんていらない。

――死のう。



そして自分を殺すために歩き出す。
俺は二度目の生なんて欲しくなかった。