雪が降っていた。暗い色をした空から静かに雪が降っていた。全てが雪に覆われモノクロの視界の中、赤い色だけが鮮やかで、しかしそれにも雪が積もり薄れていく。

「いつまでもそんなところにいたら風邪をひきますよ」

 子供は何も言わない。ただひたすらに雪の降る空を見ている。手袋も何もしていない手が真っ赤に染まっているのを見て、ジェイドは眉をひそめた。ルークの傍までつかつかと進むと手を掴む。手袋越しでも冷たい手にぞっとした。

「、何をやっているんです!凍傷になりたいんですか!」

 すぐにルークの腕を引っ張り歩く。
ホテルに着いたらまず水につけてその間にお湯を沸かして・・・。あぁ、温かい飲み物も用意しなくては。
そこまで考えたところで腕を引かれ、ルークが立ち止まっていることに気付く。

「ルーク?」

 振り向くとルークはまた空を見ていた。手は相変わらず氷のように冷たい。

「なぁ、ジェイド。ここは静かだな」

「えぇ?雪は周りの音を吸い取りますから」

 何故ルークがそんなことを言い出したのか分からないがとりあえず答えた。

「音譜帯ってこんな感じかな。静かで、世界中に降り注いでは消えていく」

「・・・ルーク、ここは寒いです。部屋に帰りましょう?」

 ジェイドからはルークの顔が見えない。見えない。見えない。

「ジェイド、死ぬのってどんな感じかな」

 ルークが笑っているような気がした。泣いているような気がした。

「痛いのかな。怖いのかな」

「さぁ?私は死んだことがありませんから」

 上手くいつもどおりに微笑えているだろうか。せめて無表情であってほしい。沈痛な顔など見せるべきではない。

「最近眠れないんだ。夢見が悪いとかそんなんじゃなくて、眠くないんだ」

 ええ、知っています。以前のように夜中に飛び起きることがなくなったことも。私達を起こさないよう独りでずっと窓の外を見ながら起きていることも。

「腹も減らないし、痛いとかそういうのもあんまり感じないんだ」

 このあいだニンジンを食べていた。きっと味覚すらなくなっている。

「寒くもないんだ。雪が冷たくなかったらもっといいのにと思ったけど、冷たくない雪はなんだか悲しいな」

 彼の上に雪が降る。彼にとっては音もなく、温度もなく、まるで幻のような雪が降る。そして彼はもうすぐ消えていくのだ。雪のように。幻のように。

「だからきっと死も以外と穏やかなのかもしれないな。俺はもっと痛かったり、辛いものだと思ってた」

 致命傷を負ったとき人は痛みを感じないことがあるらしい。痛みは身体が出す警報だから、もう助からないと判断すると脳は痛みを伝えることを止め、気持ちよく感じる物質を出すそうだ。

痛みが感覚がなくなっていく。ルークの身体が彼が生を否定する。生きることを諦める。

「それでも、諦めないでください。眠ってください。食べてください。生きて、生きてください」

 ルークの手を離し、頬に触れる。手袋越しでは彼の温度を感じることはできなくて(温かくないのを手袋のせいにして)彼が本当にここにいるのか不安になる。
いっそすべてが悪い夢ならいい。
そのまま彼の背に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。冷たさが服を通して伝わってくる。


「――伝わりますか」

「ジェイド?」

「伝わっていますか。私の熱は」

「・・・・・・うん。うん、あったかいな」

 抱きしめた身体からは熱は感じられなかったが、ルークに少しでも自分の温度が伝わればいいと思った。自分の願いが伝わればいいと思った。



「ありがとうジェイド。・・・帰ろうか、みんなのところに」

 そっと身体を離し、ルークは笑った。泣きそうに笑った。
自分の言葉も熱もルークを苦しめるだけだと知っている。

「ええ、帰りましょう」

それでも生きて欲しい。それが我侭だとしても。
繋いだ手が雪に溶けてしまわないように握り締めた。




欲することで救われるなら