じーっと。

 ルークはジェイドを見ていた。

 じー。

 今は各自の自由時間だから、ジェイドは本を読んでいた。ルークが見ても分かりそうにない、ごっつい本。

「………………」

 黙々と本を読んでいるように見えてもこっちのことは気になっているらしい。時折文字を追う目が止まる。

 ガラスの向うの赤い目は、純粋に綺麗だと思う。

 じー。

 いや、目だけに限らず全体的に綺麗な顔をしていると思うのだ。思うだけで言わない。だってなんか悔しいから。

「…………何か?」

 無言の視線に耐えられなくなったのか、ジェイドは本から顔を上げて訊いてきた。

「いや別に」

 それに一言で返す。

「……そうですか」

 釈然としない様子で、それでも何の追求もなく再び本に目を落とすジェイドに、気付かれないように口元だけで笑う。

 じー。

「………………」

 ルークを気にしているのは明らかなのに気にしていないふりをして、ジェイドはぱらりと白い手でページをめくった。

 本を読むときジェイドは手袋を外す。軍人だからお世辞にも細くて綺麗な、とは形容できない手だけれど、その無骨さがルークは結構気に入っていた。本人には言わない。だって絶対つけあがるから。

「……なあジェイド」

「なんですか?」

 呼びかけたら、間髪いれずに返事が返る。振り向いた表情は、最近になってようやく分かるようになった微妙すぎて分かりにくい微笑み。

「なんでもない」

 その笑みを向けられるのは純粋に嬉しい。けど、これも言わないことにしてる。だってどうせ言ったって本人には分からないだろうから。

「…………そうですか」

 ルークの言葉に、ジェイドは微妙で曖昧な笑みを消して微妙で曖昧な落胆の表情を作った。

 ルークとピオニー、それにディストくらいには判別できるだろうその表情は、きっと本人としては完璧なポーカーフェイスのつもりなのだ。なんだか笑える。

 それはそれとして。

 じー。

 ルークはジェイドを見続ける。

「…………はあ」

 ジェイドが呆れたようなため息をついた。

「ルーク」

「なに?」

 呼ばれた名前に答えを返す。滅多に揺るがないその声が、自分の名前を紡ぎ出すのは心地が良かった。これを本人に言う気は毛頭ない。だって普通に恥ずかしいから。

「何がしたいんですか?」

「んー、別に?」

 あっさりとそう返すと、ジェイドは再びため息をついてこめかみに手をやった。

「……それで納得できるとでも?」

「できなくてもしてくれ」

「……………………」

 笑って吐き出されたルークの言葉に、ジェイドは沈黙して――長い間の後、みたびため息をついた。視線を本に落として、読書に集中しようと無駄な努力をしている。

 諦めがいいんだか悪いんだか。そういう年甲斐もなく不器用なところは可愛いと思う。思うが……絶対言えない。だって言ったらあの怖い笑顔で怒るに決まっているから。

 じー。

 ページをめくる手は止まってしまっている。ルークの意思を図りかねて動けないジェイドの、細い髪だけが風に揺れていた。

 日に透かすと綺麗な金色になる髪はルークのお気に入りだった。やっぱり言わない。だって「だったら伸ばしましょうか」とか言われると困るから(その長さがいいんだ、なんて言ったところで理解してくれるかどうか)。

 じー。

 本を読むとき、実は姿勢が悪いところとか。

 じー。

 今まであっさり返されたから、意地でもルークに目を向けない意地っ張りなところとか。

 じー。

 それでもルークを気にしていることがありありと分かる大人げないところとか。

 じー。

 あとは――

「……うん」

 満足してルークは頷いた。

「ジェーイド」

「……………………」

「おーい、ジェイド。ジェイドー。悪かったって。返事しろよ」

「…………何ですか」

 不機嫌な――というか拗ねているんだろう――ジェイドに、ルークは笑って隠し持っていた小さな箱を放り投げた。

 ゆるい放物線を描くそれをジェイドは難なく受け止めて、小さく安堵したように笑った。

 ぱたんと本を閉じて、小箱を手で弄びながら頬杖をつく。

「チョコレート、ですか?」

「あんたが欲しいっつったんだろ」

「まあ、言いましたが。先ほどまでの様子だと、貰えないんじゃないかとばかり――一体何をしていたんです?」

 椅子に逆向きに座ったままで、ルークは首をかしげた。ジェイドはどんな反応をするだろうとわくわくしながら口を開く。

「んー。ジェイドのどこが好きなんだろーなって考えてた」

 ずりっ。

 頬杖をついていたジェイドがバランスを崩した。珍しいものを見たな、と脳内メモリーにしっかり保存。

「……は?」

 何とか体勢を立て直したジェイドは、一音で疑問を返してくる。

「バレンタインデーだからさ。あんたのどこが好きなのかちゃんと考えてから渡したかったんだ」

「………………」

 あっさりとした言葉に、ジェイドは顔を抑えてうつむいてしまった。肩が震えている。ついでに長い髪から見える耳が赤い。

 人をからかうのが好きなくせにこういう不意打ちに弱いところも、ルークとしては楽しい。言うつもりはない。だって言ったらジェイドはきっとそれを意地でも克服してしまうだろうから。

「……それで、チョコレートをくれたということは答えは出たんですか」

「うん」

「……伺っても?」

 少しは落ち着いたらしいジェイドが訊くのに、ルークは笑った。

 余裕ぶってるわりにそう訊いてくる辺り、実は全く余裕じゃないだろう、と言ってやりたい。でも言わない。だって余裕ぶってるジェイドが一番ジェイドらしいから。

「絶対言わねえ」

「……そうですか」

 ルークの言葉にジェイドは軽く肩をすくめて返した。

「おう。チョコレートはありがたく食えよ」

「そうしますよ、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 笑ったルークにジェイドも笑った。

 何も言わない。

 だってどうやってまとめたところで、結局「全部好き」としか言いようがないから。

 そんなの言えるわけないだろう。




観察対象:死霊使い














「あー、そうだ言い忘れてた。ジェイド」

「何ですか?」

「好きだ」

「………………ありがとうございます」

 このくらいは、たまには言ってやってもいいかと思う。







観察目的:愛の告白






歓歓踏様からいただきました!
バレンタインフリー小説だそうですよ。きゃっほう!この場を借りてありがとうございます。きゃっほう!?