↓さんぷる
梅雨に出会い、夏を過ごし、もうすぐ秋を終えようとしておりました。
その間にそれは私の言葉に反応を示すようになりました。もちろんそれは話すことなどできませんでしたが、私が話しかけるとゆらゆらとその身体を揺らして見せてくれました。
色も、いや密度でしょうか、ともかくそれは最初よりも濃くなったような気すらしました。はじめはもやのように薄く、時折しか見えませんでしたが、その頃になると色も濃くなり見つめても消えることが少なくなりました。時には黒いもやのなかに赤い、瞳のようなものが見えることすらあったのです。
「今日の給食にレバーが出てさぁ、俺レバーきらいなのに」
私は返事のないことを知りながら、それに話しかけ続けました。不思議と辛いことも嫌なこともそれに話した後は軽くなったような心地がしたのです。
「でものこしちゃダメだっていうし、しょうがないからもってかえってきちゃった。そうだ、おまえ食べる?」
ランドセルから紙の固まりを取り出しました。幸い、プリントで二重にくるんだのでランドセルの中を汚すようなことにはなっておりません。それでも少し剥がせば紙に油のシミが見えました。
そういえばこれは何を食べるのだろうか。
今更ながらに私は首を傾げます。
ここから動いているのを見たことがないし、植物のように水とかだけで生きれるのだろうか。
それでもまぁやるだけやってみればいいか、と私はそれにレバーを差し出しました。
「どう?」
それは不思議そうに私の手の周りを漂うと、やがて私の掌の上に乗るようにしてレバーに重なりました。もやに飲み込まれるように肉が見えなくなります。しばらくするとぐちゃ、ぬちゃ、と租借するような音が聞こえてきました。
「わっ」
手には何の感触もありませんでしたが、びっくりして思わず身体が引けました。しかしそのときにはもはや肉はなく、ひらりひらりと油の染みのあるプリントが私の手から落ちただけでした。
「おまえ……」
プリントにはもはや肉の欠片もなく、かといってそれのほうを見てもいつもと同じように、ゆらゆらとざわざわと黒いもやが蠢いているだけです。
音の割にはそれにはとても牙や舌があるようには見うけられません。油の染みがなければそれが肉を食らったなど信じられないほどです。
「おまえ、おなかすいてたんだね」
欠片のひとつも残さずに食べたそれに私はそう笑いました。本当に呆れるほど鈍く愚かです。
「また持ってきてあげるね!」
私がそう告げるとそれは分かっているのか分かっていないのかざわざわと揺れました。それの色が心なしか先ほどよりも濃い気がしましたが、おそらく日が暮れてきたからだろうと私は特に気に留めませんでした。
ただ、黒いもやのなかで僅かに光る赤が見えたことだけは、今も覚えています。
――今なら思うのです。
あの頃の私がどれほど愚かで鈍く危機感がなかったのか。
私はそれに食物など与えるべきではありませんでした。
そもそも話しかけるべきではなかったし、見るべきではなかったのです。
それと出会ってからというもの、私は間違い続けています。
それはきっとおそらく今も。