Love is blind.
沢田綱吉の右目は赤い。血の様に赤いそれを綱吉はひどく気に入っていた。 ピアスのない耳からも分かるとおり、親から貰った身体を傷つけるようなことは綱吉の主義に反する。父親はともかく母親を悲しませたくないと綱吉は思っていた。しかしそれに背いてでも手に入れる価値がそれにはあった。 元々の茶色はまだ左にあるのだし、一つくらいはなくしても構わない。 まばたきをするとごろりと右目が動く。 決して自分に馴染まない。そんなところすら綱吉は愛していた。本能的に抉り出したくなるような異物感はこの目が自分のものでない証拠だ。自分でないものが自分の中に納まっている。その嫌悪感と充足感がひどく綱吉を安心させる。ひとりではないのだ。 そういえば抉り出した右目は冷凍保存されているらしい。いつでも右目を戻すことはできるのだとシャマルは言った。愚かなことだ。あんなもの早く捨ててしまえばいい。俺はこの目を離すことなどない。だって愛しているのだから! 「愛しているよ」 そう囁くと右目がぐるりと回った。不気味にうごめくそれを宥めるように瞼を撫でる。 「愛しているよ、愛しているよ、骸」 ぐるりぐるり。右目がうごめく。愛撫するように綱吉は人差し指でそっとそれを触れる。しっとりと湿った感触が指先に伝わってくる。ほんの少し力を入れれば確かな弾力が返ってくる。痛みはない。右目は綱吉には定着せず、それでも腐り落ちることもなかった。眼球から離した指見ると透明な液体がてらてらと光る。舐めてみると微妙な味がした。微かにしょっぱいかもしれない。涙の味だろうか。 「綱吉くん」 部屋の隅から名を呼ばれる。その声に反応するように右目が動いた。 ――還りたがっている。 りんごが地に落ちるように、コンパスが北を指すように、ごくごく自然に眼は還りたがっていた。 何処へ? もちろんその眼の本来あるべき場所へ。 「綱吉くん、いいかげん僕を見てくれませんか」 声に反応して返りたがる右目を押さえつける。そしてその愛おしさに口を歪めた。呼びかける声が邪魔だった。欲しいものはすでに手に入れたのだ。 「無理だよ。だって俺にはお前が見えないもの」 言葉の通りだ。綱吉には骸の姿が見えない。声は聞こえるけれど、茶色の左目に映るのは自分ひとりしか人間のいない空の部屋だ。骸の姿が見えなくなったのはいつからだっただろうか。右目を手に入れてからかその前からか、右目を引きずり出す際のぐしゃりとした感触も筋をひきちぎる抵抗も明確に思い出せるのに、それがいつだったかが分からない。 「俺はね、自分の目に見えるものしか信じることができない」 どんなに眼を凝らそうとも部屋の中に骸の姿を見つけることは出来なかった。ただ右目がうごめくだけだ。 「綱吉くん」 その声に耳を塞ぎたかった。この声さえなければ綱吉は自分の眼窩に収まるそれこそが六道骸だと信じ込むことができるのだ。しかし耳を塞ぐには手が足りなかった。すでに右手は帰りたがる眼を押さえるのに使っている。 だから綱吉は左目を閉じた。 「愛しているよ骸」 こうすれば目の前にあるのは闇だけだ。何も映らない。 |
恋は盲目