晴
「……沢田、今も骸が見えているのか?」 真剣な顔をしてお兄さんがそう言った。真剣というより沈痛というべきか。これは珍しいことだ。いつだって極限に真剣に生きている人だけど、だからこそ悲しげな表情をすることは少ない。晴の守護者に相応しく、たいがいのことを明るく笑い飛ばしてしまう。 「え、はい。もちろん見えてますけど」 ふわふわと浮いている骸を横目に眺めつつ、手の中の書類を整える。 『相変わらず読みにくい字ですねぇ』 後ろから覗き込んできた骸の言葉に思わず苦笑する。たった今お兄さんから提出された報告書なのだが、日本語でしかも鉛筆書きなのだ。俺もイタリア語はまだ完璧ではないから人のことは言えないのだけど、せめてワープロ書きにして欲しいのが正直なところだ。まぁ、実際のコミュニケーションに関してはお兄さんのほうが俺より上手なんだけど。 「沢田、六道が死んでから何日たった?」 「えっと、一ヶ月過ぎてもうすぐ二ヶ月くらいじゃないかと」 「そう、一月半。四十九日だ」 お兄さんが言いたいことが分からずに俺は首を傾げる。この人にしては珍しく回りくどい。 『この人が四十九日とか知ってたとは驚きです』 何気に失礼なことを言ってる骸を横目で睨む。……まぁ、俺もそう思ったけど。 「もう、いいんじゃないのか」 ぽん、と頭に大きな掌が載せられる。 「いいって何がですか?」 お兄さんが何を言いたいのか分からなくて、俺は困ったように笑うしかない。そんな俺を見下ろしてお兄さんは目を細めた。 「皆、心配している」 「、っ」 心配そうに俺を見つめるその優しい眼差しを俺は見たことがあった。骸がクローム達を見る眼に少し似ている。そういえば、この人は唯一守護者の中で兄なのだ。獄寺君は弟で、山本は一人っ子で、ランボは明らかに末っ子気質だ。雲雀さんは分からないけど、あの人に兄弟がいるというのも想像がつかない。クロームは、どうだろう。ある意味黒曜の三人が兄妹のようなものなのかもしれない。下に面倒を見る人間がいるとこういう瞳になるのだろうか。この人も骸も面倒を見るという言葉からは遠い気がするけれど。 ああ、違う。話が逸れた。お兄さんは何て言った?心配している、みんな?みんなって誰だ? 「……沢田、もう泣いてもいいんじゃないのか」 大きな硬い掌が、力強く俺の頭を撫でた。 ***** 「十代目、会食は七時からです。すいません、少し早く着きすぎましたね」 きらびやかなホテルのロビーのソファに腰掛ける俺に、獄寺君がそう言って頭を下げる。それにしても今日の会食の相手はどこのドンだったっけ。なんか髭面だったのは覚えているんだけど。 「いいよ、大丈夫。それよりちょっとのど渇いちゃった。水もらってきてくれる?」 「しかし、十代目をお一人にするわけには……」 今回の会食は一般のホテルで行うこともあって、護衛は守護者を一人、獄寺君しか連れてきていない。それが心配なのだろう。 『僕が居ますよー』 くすくす笑う幽霊を呆れたように見上げる。まったく幽霊に何が出来るんだか。 「大丈夫だって。俺を誰だと思ってんのさ」 「……分かりました。此処を動かないでくださいね」 こちらの様子を気にしつつ、水を貰いに行った獄寺君を見送って、ぼすんっとソファに身を預ける。 『疲れたんですか?』 こちらを覗きこむ骸に、大丈夫と微笑んで眼を閉じる。 喉も、瞳も乾いている気がした。泣いてもいいんじゃないのか、お兄さんの言葉を思い出す。そういえばここ数年泣いていない。泣いていないから瞳が乾いているんだろうか。 お兄さんの手はあたたかかった。熱いほどだった。やはり極限太陽とかするだけあって基礎体温が高いのだろうか。 骸の手は冷たかったのに。生きているときも、死んでからも――。 「ボンゴレ十代目!覚悟っ!!」 怒声に眼を開くと、黒いスーツの男がこちらに拳銃を向けて立っていた。小さな女の子がそれを見て泣き声をあげる。 『綱吉君っ』 なんの予感も直感もないまま、銃弾はまっすぐにこちらに向かってきた。 嗚呼、 |