ぐるぐる、まわる

あなたはどこ?


彼の意識はいつだって僕の傍にはいない。

「綱吉君…?」
ああ、彼はまた行ってしまった。
確かに僕の傍にいるのに、瞳はもう僕を見てない。
「綱吉君」
縋りつくようにして彼を呼んで、ようやく僕のほうを向いてくれる。
「どうしたの、骸」
「綱吉君、綱吉君。お願いですから、どこにもいかないでください」
眠たげな茶色い目が僕を見つめる。僕の神様。僕の大空。
「お願いだから、僕をひとりにしないで――!」
綱吉はまるで駄々をこねる子供に言い聞かせるように言う。
「可笑しな骸」
微笑む姿はマフィアのボスにはとても見えない。
窓からそそぐ黄昏の金。
長く伸びた影が向かう先は何処だ。
「いったい俺が何処に行くって言うんだ。俺は何処にも行かないよ」
ええ、知ってます。あなたがどこにも行けないことなんて。
似合わない黒いスーツはあなたの鎖で、この豪華なアジトはあなたの監獄。
仲間を捨てられないあなたはどこにも行けない。あの人のところに行けない。



あの日のことはよく覚えてる。
忘れようがない。
僕があなたを手に入れた日。
僕にはあなたは手に入らないと知った日。

綱吉の執務室を訪れたとき、雲雀は彼の小さな手に自らの指輪を押し付けたところだった。細い手のひらに置いて行かれた指輪は握られることなく、小さく音を立てて床に落ちた。雲雀はノックもなく部屋に入ってきた僕を少し睨み、一瞬綱吉に目を向けると僕のほうへ歩いてきた。正確には僕のいた、ドアのほうへ。
「邪魔だよ。どいてくれる」
ドアを開けた状態で止まっていた僕を睨みつけながら雲雀は言った。疑問系でありながら、その言葉に否定を挟ませる様子はまったくなかった。雲雀の言う事をきくのはしゃくだったが、ずっとドアの前にいるつもりもなかったので、大人しく退いた。
そのまま部屋を去ろうとした、雲雀の背に声がかけられる。
「雲雀さん。どうしても、もう駄目なんですか…」
綱吉の顔は夕日にのまれていて、表情はわからなかった。
ただ声は震えているようだった。
「さよなら、綱吉」
雲雀はドアの前で少し振り向くと、それだけ言ってドアを閉めた。
ぱたん…。
静かな部屋にその音だけが余韻としていやに耳に残った。
これが僕が雲雀を見た最後だった。
のちにアルコバレーノに雲雀がファミリーを抜けたことを聞いた。
雲雀と綱吉の間に何があったのかは知らない。
ただ、残された彼の足元で雲のリングが反射して涙のように光るのに目を細めた。

それから綱吉は雲雀の行方を探し回った。
部下に命じ、同盟ファミリーにも声をかけた。しかしそれだけ手を尽くしても、雲雀の居場所は頑として知れなかった。まわりは彼を気遣って、雲雀の名を口にすることはなくなった。まるで雲雀など初めから存在しなかったように。

数ヶ月たち、唐突に綱吉は雲雀を探すのをやめた。
そのかわり僕を傍に置いてくれるようになった。
空いた隙間を埋めるように、雲雀のいた位置に僕が座った。
抱きしめて、愛をささやかれた。
ただ、その瞳に僕は映っていなかった。



「綱吉君、僕を見てください」
この台詞も何度目だろう。
「見てるよ。骸」
この台詞もすでに何度目。
「骸。むくろ。愛しているよ。だからあの人に逢わせておくれ」
愛してると言ったのと同じ唇で、彼は僕を突き落とす。
「さぁ、むくろ」
僕を見て欲しいと思いながら、それでも捨てられたくなくて僕は雲雀の幻を作る。
僕に雲雀を見ないで欲しいと思いながら、それでも僕は雲雀の姿を着る。
「ああ、雲雀さん。雲雀さん、雲雀さん」
僕を見て。
僕に雲雀を見ないで。
僕に雲雀を着させないで。
「雲雀さん、あなただけです。あなただけを愛してます」


僕を見て。
僕に雲雀を見ないで。
僕に雲雀を着させないで。

でも、あなたが僕を見てくれるのは、きっと雲雀が傍にいるときだけ。
僕が僕でしかないと分かったら、あなたは僕を捨てますか?

僕を見て。
あなたの中に僕を映して。
僕を見ないで。
あなたの傍に僕を居させて。




ぐるぐる、まわる

わたしはどこ?