綱吉の部屋を訪れて空(くう)を見つめる。それが最近のクロームの日課だった。

 綱吉のそばに居るという骸の姿を、声を、気配を、微かでも感じ取ろうと意識を研ぎ澄ます。探るように糸を引くように。
 いつだって骸とクロームは確かに繋がっていた。常に応えてくれるとは限らなかったけれど、クロームが糸を引けばいつだって確かに骸を感じられたのだ。

 それが今はない。

 何の手ごたえもない糸をただ持て余すばかりだ。否、そもそもあると信じていた糸すら彼が亡くなったときに消えてしまったのかもしれない。

「見えた?クローム」

 綱吉の問いにそっと首を振る。何も見えない、何も聞こえない。あの人は本当に此処にいるのだろうか。

 綱吉のもとに骸の幽霊が現れたという話を聞いたとき、クローム達はすぐに綱吉のもとへ駆けつけた。唐突過ぎる主の死に、泣くこともできずにいたクローム達にとってそれは朗報だった。
『ドンボンゴレは六道骸の幽霊が自らの傍に居ると言っているらしい』
 ボンゴレの幹部のみにひっそりと囁かれた噂。ボンゴレは狂ってしまったと嘆くものも居たし、あの六道骸ならばあるいはと信じるものも居た。信じるべきか信じないべきか、クロームは未だ決めかねている。
 駆けつけた部屋に骸の姿はなかった。綱吉は誰かと話しているようではあったけれど、この眼にはこの耳には、何も見えない聞こえない。

「そういえば千種と犬はどうしてるの?こないだから会っていないんだけど」
「生きています」

 生きてはいます。かみさまの、骸様のいなくなった世界で、それでも生きています。千種も犬も、そしてクローム自身も骸の死に未だ泣くことができていない。どうしたらいいかわからないまま生きている。『どうして生きているのだろう』と何度も思った。その問いの答えは既に主から貰っているけれど、それでも思う。



 きっと骸様は自分が居なくなったら私達が生きれないことを、生きていたくないことを知っていた。

「たとえ僕が死んだとしても心配することはありません。輪廻を巡り、きっとここに戻ってきます。だからお前達は此処、ボンゴレで僕の帰りを待っていなさい」
「骸様……」

 そう言って骸様は微笑みながら私の伸びはじめた髪をそっと撫でた。その笑顔がどこか悲しげだったのは何故だったのか。



 骸のその言葉だけを頼りにクローム達は生きている。死んでしまいたい絶望を抱えて、それでもあの人を待って生きている。その言葉があるから死ぬことができない。

「ねぇ、ボス。本当にそこに骸様がいるの?」
「うん、居るよ。クローム達のことを心配してる」

 そう言って微笑む綱吉の顔をその真偽を見定めるようにじっと見つめる。笑う綱吉の姿は以前と変わらない。だが、変わらないからこそ狂っているのだと言われてしまえば、そうとも思えた。わからない。

「………」
「平気?クローム」

 俯いてしまった私の頭をボスがそっと撫でた。背中まで伸ばした髪が耳に触れる。骸が似合うと言ったから伸ばしたこの髪を、クロームは切ることができない。これ以上伸ばすこともできない。あの人のいない世界で、私達はどうやって生きていけばいいのだろう。

「ボス」

 微かにだるい身体を奮うようにして顔を上げる。既に自分で内臓は維持していたけれど、それでも骸がいなくなってからは微かなだるさを感じるようになった。気付かないほど静かにあの人は私を支えてくれていたのだ。

「ボス、明日も来ていい?」
「いいよ」

 毎日の訪問を迷惑がるようすもなく、綱吉は笑う。その眼には何が映っているのだろう。私には見えないもの。

「いつでもおいで。骸も待ってる」
「うん、じゃあねボス」

 その言葉を信じても信じなくても、主への裏切りになるような気がして怖かった。そっと閉じた扉を背にして祈るように目を瞑る。クロームは見極めなくてはいけない。かみさまを間違うわけにはいかないのだから。

「骸様……」

 それでも答えはまだ出なかった。




2008/11/26