雲
「ねぇ、いつまでそうしているつもりなの」 蹴破られるように開けられた扉の先にその人は立っていた。轟音に驚くと同時に思わず扉の損傷を心配してしまう。 「お久しぶりです、雲雀さん。ここ一ヶ月程ひきこもっていたって聞いて心配していたんですよ」 留まるところを知らない修理費用に内心顔を引きつらせながらも、にっこり微笑んでそう言うと不機嫌に曲げられた眉がさらに釣りあがった。 「なんで笑うの。なんで泣かないの。君が、君こそが誰よりあいつの為に泣くべきなのに」 泣く?どうして俺が泣くんだろう?そういえば、雲雀さんの目はひどく赤い。どうしたんだろう。腫れあがったまぶたは見ているこっちが痛くなるほどだ。 「雲雀さん、大丈夫ですか?目、痛そうです。冷やさないと……」 パシンッ 「いらない」 そっと目元に伸ばした手は、勢いよく払い除けられる。 『大丈夫ですか?』 「ん、平気」 心配して覗き込む骸にひらひらと手を振ってみせる。 しかし、相変わらず野生動物みたいな人だ。最近ようやく俺にも少しは気を許してくれたと思ったのだけど。……やっぱり、リボーンや骸みたいにはいかないか。 「痛くないんですか?」 「痛いよ。すごく痛い。でも忘れるくらいなら、僕は痛いままがいい」 俺を睨みつけたまま雲雀さんは淡々と話す。そういえばこの人は凶暴だけど、いつだって声を荒げることはない。 「……雲雀さん?」 ぎょっとする。彼の瞳から水滴がこぼれていた。あまりのイメージとの相違に、俺は初めそれが涙だと認識することが出来なかった。 ぼろぼろと零れ落ちる、それを見ながら俺はただ驚いていた。この人でもこんな風に泣くことがあるのか。 「どうして君は泣かないの」 それは質問ではなく、糾弾だった。泣くべきだと彼は言う。でもどうして?泣くような出来事なんて何一つないのに。 困ってしまって思わず骸に目を向ける。骸は中空に浮いたまま、透明な瞳で雲雀さんを見ていた。 「骸?」 どうしたの? そう言い終わらないうちに、がくんと身体に衝撃が走った。雲雀さんの腕が襟首を掴んでいる。 「いい加減にしなよ。いつまで逃げているの」 強い瞳が俺を射抜いた。まぶたを腫らして泣いているというのに、それでもこの人はどこまでも凛としている。 『ちょっと!綱吉くんに何するんですか!』 骸が雲雀さんのいきなりの行動に文句を文句を付けるが、やはり雲雀さんにもその声は聞こえていないようだ。 「逃げるってなんのことですか?」 伝わらないっていうのに騒ぐ骸に苦笑しながらそう言うと、雲雀さんはひどく不快なものでも見たかのように、舌打ちして腕を放した。 「骸は、君なんかのどこがよかったんだろう」 苦々しくそう吐き捨てると、きびすを返して壊れた扉のほうに歩いていってしまう。 「雲雀さん!」 そのまま立ち去ろうとする彼を思わず呼び止める。逃げる?俺は何かから逃げている? 「僕には君がどうしようと関係ない。けど、なかった事にすることだけは許さないから」 振り返りそう言うと、雲雀さんは今度こそ部屋から出て行ってしまった。がっちゃんと到底本来なら扉が立てるべきではない音を立てて閉められ、再び部屋に二人きりになった。 「……なんだったんだろう?」 『そうですねぇ。ところで首は大丈夫ですか?』 よれてしまった襟を直しつつ呟くと、骸が頷き俺の首元を覗き込む。半透明なその姿は俺以外の目には映らない。雲雀さんがあんなに骸のことを好きだとは思ってなかった。先程の言葉を思い出す。 「ねぇ、骸は俺のどこがいいの?」 骸は何も答えずに、ただ困ったように微笑んだ。 |