(幕間)
「もし、僕が死んで……」 「んー?」 デスクで書類を捲っていると、それまでソファーでごろごろしていた骸が何か言った。いつものことだが、なんでこいつは他人の部屋のソファーで勝手にくつろいでいるんだろう。部屋の主がこんな書類の山に追われているというのに手伝う様子もない。 「ちょっとぉ、ちゃんと聞いてます?」 「あーうん。きいてるきいてるー。なーに?」 話すのはだいぶ上達したが、いまだに慣れないイタリア語の文章と格闘しながら骸に返事をする。そのおざなりな態度に骸が頬を膨らました。寝転がっていたソファーから起き上がり、こちらを向いてソファーの背に肘を付く。 「もうっ」 「はいはい」 「……たとえば、例えばもし僕が死んだ後、君の前に現れなかったのならば、どうか喜んでください」 「ん、何どういう意味?」 どこかシリアスな様子に一度書類を置いて骸のほうを向いた。骸は微笑んだままそっと目を瞑り語る。その様子は聖書を読む神父のような穏やかさを秘めている。 「僕は今まで通りならきっとまた巡るでしょう。経験上そう時間はかかりません。六道地獄は感じるは永遠だが過ぎれば一瞬だ。僕は生まれ変わったら必ず君に会いにきます。だけど……」 「だけど?」 「いま僕は嘗てないほど満たされている。能力的なことだけを言っているんじゃありません。何度生を巡ってもこれほど穏やかな気持ちでいたことはない。いつだって僕は死の瞬間世界を憎んでいた。それは未練、執着と言ってもいいでしょう。でも今はそれがない。今ならば、僕はもう巡ることなく生きれるかもしれない」 「……よく、分かんないけどさ。まずお前がそう簡単に死ぬとは思えないんだけど」 六道輪廻のことなど俺は知らない。生まれ変わり巡り続けているという骸の言すら正直半信半疑だ。 なによりこの男が死ぬなんてこと自体俺にはそうそう起こりえないことのように思える。そう言うと骸はくすりと楽しそうに笑った。 「例えば、ですよ。まぁ何が言いたいかというと、愛してますよーってことですかね」 「はぁ?」 ここまでシリアス風味にきといてなんだそのオチ。 「えー、その態度ちょっと傷つきましたよ僕。恋人にそんな態度取っていいと思ってるんですか。なんだかんだ言っても結局はマフィアってことですかぁ?ボンゴレってばひどーい。」 「うわっうぜえ!?……あぁもう、はい愛してる愛してるー。らぶらぶー」 傷ついたとか言いながら骸は楽しそうに笑っている。まるでルッスリーアのような演技をして傷ついてみせる骸に素でウザいと言ってしまった。 そのことにさらに言い募る骸に俺は呆れたように笑って棒読みで愛を告げる。俺は骸と違ってこういう風にしか愛してるなんて恥ずかしくて言えない。ていうかなんでこいつは平気なんだ。 「クフフ、光栄に思ってくださいね。僕が巡らないとしたらそれは君のおかげなんですから。どうぞ僕が死んだことを悲しんで、僕がいないことを誇ってください」 「悲しむといいなー」 自分の死を語りながら骸が儚く微笑んだ。シリアスになるのが嫌でわざと突き放したような返事をする。 「えぇっ悲しまないんですか!?泣きはらしちゃってくださいよ!」 わざとらしくショックを受けてみせる骸に、俺はそっと笑う。 「まぁ、万に一つ悲しむかもしれないし。……死ぬなよ、骸」 「クフー、愛してますよぉ綱吉君」 自分の言葉に照れてしまった俺は、そのとき骸がyesと言わなかったことに気付かなかった。 死なないで欲しかった。骸がいないことを誇ることなんて出来ない。骸が何を言おうとも俺は骸と居れるならなんでもよかった。 たとえそれが骸の不幸なんだとしても。 *** 「ん、……」 目覚めるといつもの天井あった。 「む、くろ?」 声がかすれる。 「はぁい、おはようございます綱吉君」 「おはよう、骸」 ぬっと逆さまに顔を出した骸の姿に安堵の笑みが浮かんだ。 「ねぇ、骸」 「なんですか?」 「愛してるよ」 「はい、僕も愛してますよ綱吉君。……クフフ、いきなりどうしたんですか」 骸がふわふわと浮きながらクスクスと笑う。俺がベッドの上で身体を起こすと骸もくるんと宙で回って方向転換した。 「どうしました。何か変な夢でも見ましたか?」 そう言って骸が優しく微笑む。それはあの日と同じ笑みだった。それに気付いた瞬間、俺は夢の残滓を振り払う。 「夢?忘れちゃったな」 夢なんて目覚めれば消えてしまうものだろう? 遠くで誰かが泣いている気がした。 |