花を飾ろう。
 貴方のために白い花を。


 リビングのテーブルに飾られた花を見て、「今年ももうこんな時期になったんだなぁ」とナツは思った。毎年この日に飾られるこの白い花はナツの父親のための花である。
 普段は花なんて見向きもしないどころか踏む潰しそうな(実際踏み潰してた。なんか女の人から貢がれたらしい真っ赤なバラ!)ナツの保護者もこの花だけは丁寧に飾る。
 「墓に供えなくていいの?」と昔聞いたら「別に墓なんかにあの人はいませんし、魂もありません。何処でもいいんだったら、見られたほうが花も幸せでしょう」と言っていた。
とりあえずお前が花の幸せを語るなと思った。
 そんなこんなでナツは自分の父親の墓に行ったことがない。それどころか母親にいたっては顔も見たことがない。写真でさえ知らない。知っているのはハルという名前で父親の死ぬちょっと前に死んだということだけだ。
 墓参りに行きたいと言ったら「必要ありません」と両断された。「そっか、必要ないのかぁ」と納得してしまった自分も自分だが、実の親の墓参りを必要ないで済ますあの男もあの男だと思う。
 しかし、悲しいことにそういう男なのだからしかたがない。あの六道骸という男は――。


 眠りについた彼に花を

         〜愛の形は揺れるオレンジ〜


 骸いわく、ナツが骸と出会ったのはおよそ10年前になる。ちなみにナツはもうすぐ10歳だ。つまり生まれたときからの付き合いということである。骸はナツの父親の知り合いで、ナツの父親は死ぬときに骸にナツを頼んだらしい。この、およそ子育てに向かない男に頼むあたり、父親には友人が少なかったんじゃないかとナツは睨んでいる。
 父親はナツが3歳のときに死んだらしいが、ナツはまったく覚えていない。それでも骸が写真を見せてくれたり話を聞かせてくれたりしたから、まるで知ってるような気がしている。もっとも父親としてというよりも友人としてという感じだが。名前は綱吉さん。骸がそう呼ぶから、ナツもお父さんではなく綱吉さんと呼んでいる。
 骸にとって綱吉さんは特別な人だったらしくて、彼のことを話すときはとても優しい顔になる。昔はその表情を見たくてよく綱吉さんの話をせがんだけど、最近は少し寂しくなるので骸から話すとき以外綱吉さんについて話したりはしていない。


「おはようございます、ナツ。遅いですよ」
「遅いって言ってもまだ9時じゃない。それよりもこの花いつ買ってきたの?」
「朝一番に。最近は予約をすればコンビニでも花を買えるんですから便利ですよねぇ」
「ふ、ふうん。が、がんばるね・・・」
「当たり前でしょう。綱吉さんのための花なんですから」
 踏ん反り返るな。
「本っっ当に骸は綱吉さんのことが好きだよねー」
「綱吉さんは僕の唯一ですから」
「それが分かんないよ。だって綱吉さんってへにょへにょでよわよわで優柔不断でお人よしだったんでしょ?どこがいいの、そんな人」
「確かに綱吉さんはナツの言うとおり、へにょへにょでよわよわで優柔不断でお人よしで駄目駄目で押しに弱くて馬鹿で運の悪い人でしたが、そこが綱吉さんの良さでもあるんですよ」
「いや、そこまで言ってないよ
「くふふふふ」
 いつものように笑うと骸はナツにフレンチトーストとソーセージ、そして牛乳を差し出し、自分の分のコーヒーを入れ始めた。
「え〜牛乳ぅ?オレンジジュースがいいー」
「駄目です。カルシウム取らないと大きくなれませんよ。ただでさえ綱吉さんが小さかった以上、遺伝的に大きくなる可能性が低いんですから」
「むぅぅ、いただきまぁす」
「はい、いただきます」
 フレンチトーストになみなみとメープルシロップをかけると甘い香りが鼻腔をくすぐる。十分に浸されたフレンチトーストは中心部までしっとりとして美味しい。ナツは骸のつくるこれが大好きで、休日にはいつもこれを作ってもらう。牛乳はいっきに飲んだほうが味がしない気がするから一気飲み。ぷはっと息をもらすと骸が「ひげになってますよ」とティッシュを差し出してくれた。
「あ、ありがと・・・」
 礼を言ったところで、骸が自分を見ていないことに気付いた。否、ナツを見てはいる。ただそこに綱吉さんの姿を映しているだけで。いつもといえばいつものことだった。それでも少し悲しかったから





「たあっ!!隙あり!!!」

 骸のコーヒーにメープルシロップを注ぎ込んだ。それはもうどばっと

「な、なにするんですか!?」
「甘いほうが美味しいかと思ってv」
 にゃは☆と笑って言うと、骸は呆れたように溜め息をついた。
「もう飲めないじゃないですか。はぁ、まったくどこで育て方を間違えたんでしょう・・・」
「骸に育てられたにしてはまっとうに育った自信あるよ、あたし」

 骸はコーヒーカップを持つとキッチンに向かった。たぶん流しに捨てるんだろう。
ナツは骸が綱吉さんの頼みじゃなきゃ、子供なんて育てる男じゃないと知っている。もてるのにナツのせいで女の人からの誘いを断っているのも知ってる。・・・・・・いや、それはあたしのせいじゃないな。綱吉さん以外興味なさそうだ。

それでも。嫌われても、捨てられてもしかたがないと思うのに


 骸が戻ってきたとき手には二つのコップがあった。
「あ!オレンジジュース!!」
「またコーヒーを入れなおすのも面倒ですからね」
 手渡されたコップの中でオレンジ色が揺れる。
「ありがとー!!大好き!!」
「はいはい、僕も好きですよー」

 綱吉さんに感謝したくなって、代わりに飾られた花に向かってナツは笑った。