世界が醜いと知ったのはいつからだろう。

 世界が美しいと知ったのはいつからだろう。

 箱庭の外の世界は容易く俺を喰らい尽くし

 磔にされたまま生かされ続ける。

 神は優しく不平等だから残酷で

 俺の願いは叶わない。



   バットエンドにすらレベルが足りない



――死のう。

 そう決意したのは良いものの、ぶっちゃけどうやって自殺すればいいかが分からない。
 剣でザクーっといこうかと思ってたんだが、只今の武器は木刀。頑張っても打ち身かせいぜい骨折程度しか無理だ。あとは首吊り?とか思ったが、紐がない。というか所持品が悲しくなるほど少ない。服と木刀とグミ一個とイケテナイポーク(魔物と戦って入手)のみってどうなんだ。

「うぅ、ティアからナイフ貰ってくればよかった。・・・・・・いや、それだとティアが困るか。でもどうしよ・・・」

 そもそもあんまり死ぬ方法を知らない。切腹と首吊りと飛び降りと、・・・毒死?病死とか餓死とかは今すぐ出来ないから却下として、あとは飛び降りと毒死。飛び降りようにも先ず何処に。見渡す限りの平原に思わず涙が出そうだ。段差すらねえよ。あぁ、渓谷から出るんじゃなかったかも。地図を思い浮かべてもこのあたりでそれだけの高さがあるのはタタル渓谷ぐらいだ。でも今から戻ったら、確実にティアに見つかる。たぶん見つかる。毒死なんて、そもそも毒なんか持ってる筈がないし、手に入れられたとしてもたぶん効かない。一応、王位継承権を持つものとしてたいていの毒は慣れさせられている。

「あぁ、もう本当にどうしようもねぇ・・・・・・」

 とりあえずエンゲーブに行ってみることにした。ジェイドたちにはなるべく会わないように気をつけて、道具屋で真剣を買おう。ついでに縄もあったら買っておこう。

「よし、さくっと行ってさくっと死のう。ジェイドに会ったらいろいろ面倒臭そうだ」

 確かジェイドは昼頃には漆黒の翼を追っていたはずだから、その前に出れば平気なはず。そうと決めたら資金集めもかねてさくさくと魔物を倒して進む。この速さなら朝にはエンゲーブに着くだろう。



   *****




 清々しい朝だ。鶏は鳴いているし、作物は朝露に濡れている。ああ、本当にすがすがしい朝だ。

「なのに何でここにいんだよ・・・」

 青い軍服にはノリが利いていて、清潔そうだ。整った顔立ちには穏やかな笑みが浮かんでおり、いかつい顔したそこらの兵士よりずっと話しかけやすそうだ。細い身体は軍人としては頼りないが、部下に指示を出す様子は有能さを伺わせる。
 うん、なんでこんな誉めてんのかって?ああ、そうだよ現実逃避だよ悪いかこんにゃろ。どんなに美麗字句振りまこうがジェイドだよ。陰険メガネだよ。

「漆黒の翼はどうしたんだっつーの」

 でもまあいい。幸い相手はこちらに気付いていない。今のうちに村から離れたほうがいいだろう。そぅっとそぅっと・・・。抜き足差し足忍び足。でもジェイドから目は離さずに。いや、だって何か俺が後ろ向いた瞬間に見つかる気がする。ジェイド怖えぇ。
 よし、あとちょっと。抜き足差しあ・・・

「わぁっ」

 わあ?背中に軽い衝撃。・・・あはは。なんか誰かにぶつかったみたい?そりゃ後ろ歩きしてたらそんなこともありえるよなぁ。
 急いで振り向くと白い服を着た少年が尻もちをついている。まるで少女のような顔立ちだが、男であることを俺は知っている。



 逢えるなんて思ってなかった。もう二度と。

 消えてしまった優しい同胞。



「イ、 オン・・・」

 思わず出た声は震えていた。こみあげてくるものに、俺はくしゃりと顔を歪める。それは喜びだったのか、悲しみだったのか、懐かしさだったのか。逢いたかったのか、それとも逢いたくなかったのかすら分からなかった。イオンが生きている、ただその事実だけが俺の思考を占めていた。
 俺は無意識に考えないようにしていた。気付かないようにしていた。死んでしまった人が生きている、まだ会える、間に合うということに。いつだって俺は自分のことしか考えていなかったのだ。もう喪って泣くのは嫌だった。早く死んでしまいたかった。

「イオン様、お怪我はありませんか?」

 背後から聞こえてきた声に俺はどこかに飛んでいた意識を取り戻した。と同時に、自分が何から逃げようとしていたか思い出す。

 見つかった!

 汗がだらだらと流れている気がする。鼓動がうるさい。

「僕は平気です。それより彼が・・・」
「い、いいいえっ俺も大丈夫です!そ、それじゃあ失礼しますぅぅううう!」

 かなりどもりながらそう言うと俺は逃げ出した。そして捕まった。
 あまりにも見事な捕獲っぷりだ。俺が駆け出して散歩もいかない内に襟首を掴まれた。勢いが付いていた分、首が絞まって死ぬかと思った。素でぐえって言った。こいつは俺を殺す気なんだろうか。

「な、なにすんだ!?」
「いいえ〜。ただ、人にぶつかっておいて何も言わないのはどうかと思いまして〜」

 胡散臭い笑顔でジェイドが告げる。絶対こいつそんなこと思ってねぇよ。でも俺がイオンに謝ってなかったのは事実だ。

「ごめんな、イオン。痛かったろ」
「いえ、それは大丈夫ですが。あなたは僕を知ってるんですか?」

 その言葉に目の前が真っ白になった。おれ、いま名前言っちゃった・・・?どうする。どうするよ俺。うかつにも程がある!あぁっとえぇっと・・・・・・。

「あ!いやあの、名前はこの人がそう呼んでたからなだけで・・・。初対面だよ」
「ああ、そうだったんですか。あれ?でも・・・・・・」

 ナイス言い訳だ俺!なんかイオンが悩んでいるようなのが気になるが、さっさとこの場を去ろう。ジェイドが怖えぇよ。なんか笑ってるよ、微妙に機嫌よさげだよ。ジェイドとかマジ無理だ。騙せる気がしねぇ。見通す人とか超怖えぇ。

「じゃあ謝ったから。これで・・・!」

 それだけ言うと今度は本気で逃げた。マジ全速力で駆け抜けた。で、捕まった。またぐえってなった。
 ていうかこいつありえなくね?ジェイドとか動きは結構トロかったのに。そこが唯一の可愛げだったのに!何このすばやさ。ああ、そうか。まだこいつ封印術かかってないじゃん。Lv.45じゃん。そりゃスキルはあるとはいえ、まだLv.12の俺よりは速いわ。

「まあまあ、そう言わずに。貴方に聞きたいことがあるんですよ、ルーク様」

 ジェイドの口から聞こえる俺の名に泣きそうになった。しかしすぐにそれどころじゃないことに気付く。なんでこのジェイドが俺の名前を知ってんだ!?

「な、なんで俺の名前・・・」
「ああ、やはり貴方がルーク・フォン・ファブレなのですね」
「ジェイド。じゃあ彼が・・・」

 ジェイドがイオンに笑いかける。そして俺の襟首を離すと右手を差し出した。

「はじめまして、ルーク様。ジェイド・カーティスと申します。ピオニー陛下より貴方の保護を命じられております」

 保護?確保ではなく?しかもピオニー陛下の命令って・・・。俺の表情に気付いたのだろう、ジェイドが言葉を連ねる。

「キムラスカが貴方が誘拐された先をマルクト領と知って、こちらに貴方の保護を求めたのですよ。本来ならダアトに協力を要請するところなのでしょうが、なにしろ犯人がダアトの人間だったようで」
「本当にすいません、ルーク殿。おそらく僕の邪魔をしようとした大詠師側の仕業でしょう。僕の力が及ばないばっかりに貴方に恐ろしい思いをさせてしまいました」

 訳が分からない。ジェイドの言葉もイオンの言葉も前回とはまるで違っている。予想外の事態に頭が痛くなった。まったくどうしてこんなことになるのだろう。分かるのはどうやら俺が死ぬにはまだしばらくかかりそうなことだけだった。ああ、それまでに一体俺は何度「はじめまして」に傷つくのだろう。





 差し出された手を右手で握り返す。左手の感触を思い出して俺はまた死にたくなった。

 だから早く死にたかったのに!

novel