小さな焔と金の皇帝(前編)



 ここ一ヶ月ジェイドの姿を見ない。
 周囲に聞いてみると、どうやら有給をもぎ取って研究室にこもっているらしい。ルークがいなくなってからフォミクリーの研究を再開し始めていたからそれだろうとは思うんだが、一ヶ月は長すぎだ。たしかにかつては二・三ヶ月引きこもっているのもざらだったが、今回はのめりこむのが恐ろしいとでもいうようにゆっくりと研究を進めていたはずだ。

 かすかに不安がよぎった。
 もうジェイドは諦めたはずだ。人は死んだらもう戻らない。同じものなどない。理解したはずだ。それでも不安がよぎるのはジェイドがルークをどんなに大切に思っていたのか知っているからだ。分かりにくい不器用な方法でそれでも愛していたのを知っているからだ。レプリカの生成が罪だとしても、それでも失ったものを取り戻したいと思う願いは当然だと、罪ではないと思いたい。だって人はそこまで強く在れない。俺だってきっとジェイドが死んだら生き返らせたくなるだろう。道理に反しても、摂理に反しても、それでも望んでしまうだろう。でも、俺はジェイドにそうして欲しくない。だってそんなの悲しい。俺はそんなジェイドなどもう見たくはない。
 (嗚呼、自分も望むだろうに他人の望みは拒むなんて、なんて矛盾だ)

 ちがう、話がそれた。今はジェイドのことだ。研究室にこもって何をしているのか確かめなければ。単なるフォミクリーの研究だとしても食事や睡眠をとっているか気になる。軍と同時進行で進めていたときは軍人として最低限のことはしていたが、有休中ならそれも危うい。

「おーいジェイド!生きてるか〜」

 ばんっと扉を開けて入った研究室はごちゃごちゃとしていて、それがかつての記憶に重なって背筋を寒くさせた。
 (こんな部屋でこいつは何をしている――?)
 しかしぐちゃぐちゃの机の上に見つけた食器に息を吐く。とりあえず食事はしているようだ。しかも自炊。
 (しかし本当にこいつはなにやってんだ?)
 ジェイドは基本的に綺麗好きというか、物を散らかさないからよっぽど何かに集中していない限り部屋がこんなことになることはない。そんでもってそのくらい集中していたら確実に寝食を忘れる。じゃあこの状況は何なんだろう。

「陛下?」

 かちゃり、小さく音を立てて奥へと続く戸が開いた。
 一ヶ月ぶりに見た幼馴染がそこに立っていた。真白の白衣を着て、長い髪は後ろでゆるく一つにくくっている。特にやつれた様子はなかった。はぁ、安堵のため息を吐く。瞳に暗い光はない。むしろ穏やかなほどだ。しかしジェイドは俺の溜め息を違う意味に取ったのか微かに眉を顰めた。

「どうかされましたか?」
「どうかしたのはお前のほうだろう。いったい何をしているんだ」

 「今更」と思ったが言わない。たとえこいつの焔がもう戻らなくても、続けることが約束で贖罪なのだ。そこまで考えたところでジェイドの白衣に不自然なシワが寄っていることに気付いた。腰の辺りに小さく。まるで小さな子供が親の裾を掴んでいるかのように。

「・・・・・・こども?」

 意図せずに声が洩れる。ジェイドが困ったような顔を作って微笑んだ。

「ルゥ」

 ジェイドがそう呼びかけると、やつの背中からぴょこんと子供が顔を覗かせた。その子供を見た瞬間、まるで全身に冷水を浴びせられたような気がした。
 朱い髪のしたで好奇心を固めたような緑の瞳が輝いている。その幼い顔には覚えがあった。成長しても残る面影。変わらない・・・・・・。れぷりか。
「ジェイド!!」

 悲しみと怒りと絶望と、その他名前の付けられない何かをないまぜにしたまま俺は叫ぶように怒鳴った。いや、怒鳴るように叫んだのかもしれない。ともあれ俺の声で子供が怯えたのは事実だった。

「ああ、違います。違うんですよ、陛下」

 ジェイドは怯えて白衣にしがみついた子供の頭をを宥めるように撫でている。何をやっているんだお前は。そいつはルークじゃないだろう。

「なにが違うっていうんだ・・・!」
「この子は私が作ったレプリカではありません」
「お前じゃなきゃサフィールか?」

 そんなこと言い訳にもならないと吐き捨てると、ジェイドはおどけたような口ぶりで笑って言った。

「ありじごくにんですよ」
「・・・・・・は?」

 なんの冗談かと思った。

novel