ジェイドの話ではどうやらこの子供はありじごくにんが1000万ガルドと引き換えにジェイドに寄こしたらしい。まったく何処の御伽噺だ。 「それで?お前はこの一ヶ月間具体的に何をしていたんだ?」 引きこもって子ルークとラブラブしていたとしても別に良いちゃ良いが、そうではないだろうと思う。というか思いたい。幼馴染を見る目が変わりそうだ。もっともそれも今更だが。 「調べていたんです」 「調べる?何を・・・」 そう言いかけて口を閉じる。このながれで調べるものなど一つに決まっている。 「まだ音素乖離の心配があるのか?」 かつてルークは音素が乖離して死んだらしい。らしいというのは俺がそのことを知ったのは全てが終えた後だったからだ。あの笑顔の下にそんなことが起こっていたなんて最期まで気付けなかった。 「調べていたのはこの子がルークかどうかですよ」 ジェイドが微笑う。悲しそうに嬉しそうに絶望のように希望のように。 「この子がルークなのか、ルークのレプリカなのか、ルーク・フォン・ファブレの、アッシュのレプリカなのか、それともそれ以外のただ見た目の似た誰かなのか。私は純粋に信じることができなかった」 「それで・・・、わかったのか?」 「いいえ。・・・音素振動数はローレライと一致しました。身体を形成しているのが第七音素であることも確認しました。レプリカであることは間違いないのです。ですが、この子にルークの記憶がない以上、ルークなのか、ルークのレプリカなのか、アッシュのレプリカなのか、それを見分ける方法はないのです」 ジェイドが子供を抱き上げる。そうすると子供は嬉しそうにジェイドの首にしがみついた。そうしてちらちらとこちらを覗き見てくる。どうやら怖がらせてしまったようだ。怒鳴ったところを見られたから無理はないかもしれない。 「それで、お前はこれからどうするつもりなんだ」 「・・・この子と一緒にいるつもりです。この子が例えルークでないとしても」 その言葉を信じきることは出来なかった。ルークではないと分かったのならば捨てるのではないか、そう思わせる危うさがジェイドにはあった。それでも。 「じゃあ、戸籍を用意しないとな。お前の養子ってことにするか」 ジェイドが驚いた顔で見てくる。何だ、止められるとでも思ったのだろうか。 「お前に子育てが出来るとは思えんが、まあいざとなったら俺が助けてやろう」 そう胸を張るとジェイドが笑った。久しぶりに見るジェイドの笑顔だった。作り笑いでも、寂しそうでも、穏やかでもない、悪辣な親友の笑顔。 「陛下の場合はご自身のお子様を心配したほうがいいんじゃないですかぁ?」 「お前までじーさん方みたいなこと言うなや」 そういつものようにふざけあうと、ジェイドの腕の中で子供が首をかしげ、笑った。 「そういやこいつ名前はあるのか?戸籍に必要だろ」 がしがしと朱色の髪をかき回す。嫌がる様子はない。いつのまにか警戒を解いてくれたらしい。いまだにジェイドの首からは手は放さないが。 「いえ、便宜上ルゥと呼んでいましたが・・・」 ルゥ。ルー。・・・ルーク。 「ルーク、とは呼ばないのか?」 そう尋ねればジェイドは悲しげに眉を下げた。傷に触った自覚はあった。それでも聞かなければならなかった。ジェイド、お前はこの子供をルークとして扱うのか? 「・・・ルークと呼ぶつもりはありません」 呼ばないのか、呼べないのか。それはおそらくジェイドなりのルークへの誠意なのだろう。この子供がルークではないのだとしたら、ルークと呼ぶことは彼の居場所を奪うことになる。まるでかつて彼がアッシュにそうしたように。 「そうか。・・・・・・ふむ、ルゥ!」 そう呼べば腕の中の子供が緑色の瞳をこちらに向けた。 「おい、ジェイド。どうやらこいつはもうルゥを自分の名だと認識しちまってるようだぞ」 「そう、みたいですね」 くすくすと笑えば、子供はきょとんと首をかしげた。 「じゃあ、ルゥ・カーティスで登録しておくぞ。頑張れよ、お・と・う・さ・ん」 「ええ」 肯定は名前の登録に対してだったのか、お父さんに対してだったのか。それとも両方なのか。そんなどうでもいいことを考えた。 「よし、ルゥこれからよろしくなー」 そう言うと「なぁー」と声を返された。そのことに俺とジェイドはまた笑った。 それでも。 それでも、ジェイドが笑うならそれだけでこの子供の価値はあると思ったんだ。 |