いろとりどりの世界









「黄色いもの!」
「えっとレモンでしょ。ヒマワリ、バナナ……」

 あたしの出す単語にふんふんと頷きながら、フローリアンが画用紙を黄色く染めていく。クレヨンで描かれたレモンやヒマワリは歪ながらも、言われて見ればそう見える。

「次はねー青!」
「海、サファイア、んーあとは青色ゴルゴンホドアゲハ!」
「えーアニス、アゲハは黄色いよ?」
「青いのもいるの!」

 ひらひらとブルーに輝くあの蝶は実はちょっとトラウマだ。結果的にガイが女性恐怖症を克服するきっかけになったから良かったのだが、逆にあたしが高所恐怖症になりかけた。

「あ!ジェイドも青いね!」
「ぶっ」
「えっアニス?どうしたの?」

 確かに大佐の軍服は青い。すごく青い。でもなんか、大佐が青いって言うと意味が違って聞こえる……!
 引きつる腹筋を押さえるあたしを見て、フローリアンがおろおろしている。

「だい、だいじょうぶ……」
「う、うん?」

 よく分からない顔をして、フローリアンは画用紙に色を塗っていく。人っぽいこれはもしや大佐だろうか。

「じゃあ、赤は?」
「………っ」

 夕焼け、リンゴ、金魚、イチゴ、椿、トマト。赤いものなら沢山あるのに、どうして一番に思い出すのはあの朱なのだろう。
 手入れされた長く艶やかな朱色。長旅で痛んだ短い、でも温かな朱。

 誰にも言わなかったけど、あたしはあの朱が好きだった。

 あたしの髪は真っ黒で、イオン様の緑やアリエッタのピンクが羨ましかった。あたしも色が欲しかった。できることならあの朱が欲しかった。
 血のような紅じゃなく、夕焼けみたいなあの朱が。
 お兄ちゃんみたいに、弟みたいに、友達みたいに思ってた。
 イオン様の緑も、大佐の茶色も、ナタリアのきらきらした金も、ガイの少しくすんだ金も、ティアの薄茶も大好きだった。

 でも、誰にも言えなかったけれど、あたしはあの朱が一番好きだった。

「アニス?」
「……なっなに?」
「どうしたの?」

 だいじょうぶ?と心配そうに見つめてくる様子に、自然と笑みが浮かんだ。

 うん、大丈夫。
 今はまだ大丈夫じゃないかもしれないけれど、きっと大丈夫。
 好きだから。大好きだから。悲しい思い出なんかにはきっとしない。

「ねぇ、そういえばフローリアンは何色が好きなの?」

 ふと、思いついて聞いてみる。机にちらばる色とりどりのクレヨンは特に大きく減っているものはないみたいだ。

「ぼく?ぼくはピンクが好き!」
「え、どうして?」

 服なんかの趣味を見る限り、フローリアンは白や緑を好んでいるように見えた。もしくは男の子らしく青や水色かと。

「だって、ピンクはアニスの色だもの!」

 にっこりと自信満々に笑ってそう言ったフローリアンに、あたしは思わず言葉をなくした。

 ああ、どうやらあたしにも色はあったらしい。





世界はきっとうつくしく!





novel


2009/4/1