薄い薄いピンクの花びらが降る中、日本の背中に付いて行く。チャコールグレイに似たぼんやりとした黒いキモノを着た日本は目を離せばふとした表紙に消えてしまいそうな儚さがある。 「すごい花弁だな」 ひらひらと降り注ぐ花弁に思わず呟くと先導していた日本が振り返って微かに口角を上げる。ほんの少し誇らしげに。 「でしょう?ソメイヨシノが満開なので皆さんに見せたくて」 「今日はまだ他の奴らは来ていないのか?」 皆さん、と言うからには花見に招待されたのはおそらく俺だけではないのだろう。招待されたのが俺だけだったら、そうであったら嬉しいけれど基本的に日本は優しい。皆に優しい。 「今日いらっしゃったのはまだイギリスさんだけです」 お昼過ぎにはアメリカさんやフランスさん達もいらっしゃるようなので先にお昼にしてしまいましょうか。そう穏やかに言う日本は俺がアメリカも来るのかよと文句を言うとくすくす笑った。 「相変わらず仲良しですね」 「なっ何言ってんだ」 「だってフランスさんもいらっしゃるのにアメリカさんだけ言うんですもの」 「べ、別に特に意味は無い!それより日本!」 くすくすくすくす笑われて顔が赤くなる。誤魔化すように呼ぶと日本は「はい」と微かに首を傾げた。 「お前、今日が何の日か分かっているのか」 「ええっと四月一日ですよね」 それがどうかしましたかとでもいうように日本が首を傾げる。その様子にやっぱり分かっていないと溜め息を吐く。 「今日はエイプリルフールだ。どうせアメリカやらフランスやらがはしゃいで騙そうとしてくるぞ。そんなんでお前大丈夫なのか」 俺の言葉に日本はゆっくりと瞬きをした後、ふんわりと微笑んだ。 「ありがとうございます。心配してくださっているんですね」 「おっ俺は別に!単に日本は嘘が苦手そうだから。それだけだ!」 真っ赤になって言う俺を日本がまたくすくす笑った。普通なら笑われるのはあんまりいい気分ではない。だが俺は日本の袖で口元を隠して笑う、その振る舞いが好きだった。もちろん恥ずかしいのには変わりは無いが。 「本当にありがとうございます。でも大丈夫です。こう見えても嘘は得意なんです」 「はぁ?お前がか?」 どう見ても日本はぼんやりしているし、騙されやすそうだ。俺よりも大分年上ということは分かっているのだが、世間知らずだし童顔もあってとてもそうは思えない。 「ええ、私は嘘吐きですから」 本当のことを言うより、嘘を吐くほうが楽なんですよ。そう言って笑う日本の顔はどこか寂しげで、俺は日本がどんな嘘を吐いてきたのか聞くことが出来なかった。 「それに実は今日はどんな嘘を吐かれても騙されてあげようと思ってるんです」 「なんでだ?」 「騙されてあげることとそれを信じることは違いますし、それに・・・・・・」 「それに?」 俺が聞き返すと日本はくすりと微笑んでそっと俺に頬に手を伸ばした。微かに触れた温度に心臓が止まりそうになる。思わず息をのむがすぐにその手は離れてしまった。それを俺は寂しく感じた。日本の指先には一枚の花弁が挟まれている。俺に付いていたのだろうそれは日本が指を離すと風に飛ばされ消えた。花弁の先を見送った後、改めて日本は俺に微笑んだ。やわらかでかすかな、でも華やかなまるでこのサクラのような笑み。 「それに、こんな日くらい子供の嘘に騙されてあげるのも大人の役目でしょう?」 そう言われてしまえばもう敵わない。そもそも俺は日本の笑顔に弱いのだ。 それでも気になることが唯一つ。 ああ、もしかしてその子供には俺も含まれているのだろうか。 |