愛でも恋でもないですが、

折原臨也は最低な人間だ。

反吐が出るような人間だと新羅は言った。
ノミ虫と静雄は言った。
関わってはいけないと池袋の人々は言う。

確かにそうだ。
臨也のしていることは最低なことだと門田も思う。

折原臨也は善人ではない。折原臨也は悪人ではない。基本的に、彼には善意も悪意もなく、ただ好奇心だけで動いている。
金で動く人間ではない。情で動く人間ではない。臨也は己の興味でしか動かない。
だからこそ。だからこそ、折原臨也は最低の人間だった。

どうしようもない人間だった。

今は上手く立ち回っているようだけれど、いつかきっと報いを受ける。新羅ならばおそらく因果相応とでも言うのだろうか。
裏切り傷つけ続けてきた臨也は、いつかその報いを受けるだろう。裏切られて傷つけられて拒絶されて奪われて、少なくともここに居ることはできなくなる。

きっとそのとき臨也の正面に立つのは、臨也の敵になるのは静雄だろう。なんの根拠もなく、しかし確信だけはある。
もしそんな状況になるとしたら、それは100%臨也が悪いに決まっている。味方などおそらく居るまい。
新羅は個人的には臨也をかばうような気がしないでもないが、首なしライダーが静雄と仲が良い以上、新羅も静雄の側に付くだろう。
静雄の同僚たちはもちろん静雄の味方だろうし、彼の弟もまた同様だ。
臨也の妹たちはどうだろう。しかしあの双子は静雄の弟のファンだというし、兄に対してSなところもあるから分からない。
それに静雄の味方にはならなくとも、臨也の敵などそれこそ掃いて捨てるほど居る。今は互いに利用しあっているやくざたちも、臨也が不利と見れば、ここぞとばかりに食いつくだろう。

「はっつくづく人望ねぇな」
静雄の人徳もあるだろうが、それ以上に臨也が人間としてダメすぎるのだ。
キャラの濃すぎる同窓たちを思って、溜め息を吐く。

さてさて、俺はどうしようか。そんなことを考えた時だった。
「ドタチン、ただいまー」
「ただいまっすー」
アニメイトでの買い物を終えた狩沢とゆまさきがバタバタとワゴンに乗り込む。静かだった車内がいっきに騒がしくなった。そのことに苦笑して、手のなかの文庫を閉じる。
「おい」
わいわいと二人は新刊の感想を語り合っているようだ。しかし狭い車内だ。小さく声をかけだけで振り向いた。
「なぁにー」
「なんすかー」
シンメトリーに首を傾げるようすは姉弟のようで、少し笑える。やっぱり巻き込むわけにはいかねぇな。

「もし静雄と臨也が本気で敵対したら、お前らは静雄に付けよ」
静雄と臨也のどちらが勝つかなんて、そんなことは分かりきっている。そもそも静雄が本気で臨也を殺そうと思えば、簡単に殺せてしまうのだ。いくら臨也がちょこまか逃げると言ったって、そんなものはあの首なしライダーに頼めば簡単に捕まえられる。だから静雄がいままで臨也を殺さないで居るのは、無意識の静雄の意志なのだ。
本当ならば関わらないのが一番だが、この池袋という街がおそらくそれを許さないのはもはや経験的に知っている。ならばせめて勝つ方にこいつらを預けよう。
「シズちゃんとイザイザが本気で喧嘩?うわぁ、池袋壊滅の危機☆だね」
「そんでその危機をぴぴるぴーな魔法少女が救う訳っすか」
「いやいや、正義の戦隊薔薇レンジャーでしょ」
相変わらず変な方向に脱線していく二人に俺は呆れて溜息を吐く。
「で、門田さんはどうするんっすか?」
「ん?」
「ドタチンは一緒にシズちゃんの味方にはならないの?」
その問いに俺は微笑む。きっとそれは自嘲に似ていた。
折原臨也は最低な人間だ。救えないような人間だ。でもだからこそ、
「一人ぐらいは一緒に居てやらないと、さすがに可哀想だからな」
味方をする気はあまりない。どうせ臨也の自業自得だ。
だけどまぁ、そばにいるくらいはできるだろう。寂しがり屋のあいつが独りぼっちにならないように、隣に居るくらいはしてやろう。
こいつらを巻き込むことはできないが、この身一つぐらいなら、臨也に貸してやっても良い。
そう諦め混じりの苦笑すると、二人は互いに顔を見合わせた。
「嫌っす」
「なら私たちもイザイザに付くよー」
「おいおい、ちょっと待て」
あっけらかんと遊馬崎と狩沢はそう言ったが、そうはいかない。負け戦に巻き込むようなことはしたくない。
「そもそも私たちだけであの二人のどっちかの味方に付くとかありえないって」
「そうそう、だって俺たちは」
リズムを取るように狩沢が右手の指を立てる。
「シズちゃんの味方でも」
合わせて遊馬崎も左人差し指を立てた。
「臨也さんの味方でも」
きゅと人差し指同士をくっつけ、残りの指を絡ませる。まるで社交ダンスのようにもう片方の腕は互いの腰に回している。
「まして正義の味方でもなく」
「ドタチンの味方だもん」
そしてそのままそれを指鉄砲のようにして俺を指した。
「……なんのポーズだそれ」
明らかに何かの決めポーズのそれに思わず呆れて溜息を吐く。
「魔法少女タンゴ&ワルツだよー」
「ダンスの力で朝8時から悪と戦うんっすよ」
再びきゃいきゃいとアニメの話を始める二人を、俺は溜息を吐きつつも放置しておく。

きっと俺はこいつらを捨てられないだろう。きっと俺は臨也を見捨てられないだろう。
ならば、こいつらがこんな俺に付いてきてくれるというのならば。
「よかったな臨也。大好きな人間が増えそうだぞ」
諦観と共に溜息を吐く顔は、きっとどうしようもなく笑っていた。

俺の懐に一度入った以上、独りぼっちになんかしてやらねぇよ。

捨てることもできないもので


novel


2010/5/13