限定的 KEEP OUT | TUO PEEK 的定限








臨也と目線があったことはほどんどない。
ちなみに視線ではない。目線だ。同じ目の高さ。これはそもそも身長に差があるのだから当たり前だといえる。
静雄の身長は平均より高く、臨也の身長は平均より少し低い。あいつはこれから伸びるのだと言い張っていたが、どうなのだろう。
まぁ滅多に無いが、普通に横に立つと静雄の目の高さに臨也の頭が来る。目線が合うはずもない。

だからいつだって、
臨也が静雄を見下ろしたり(なんでかあいつはよく高い位置から登場する。あれか、馬鹿なのか)、静雄が臨也を見下ろしたり(吹っ飛ばして倒れこんだあいつを見下ろすのは気分がいい)、あとはそう、臨也が門田ごしに覗き込んでいたり、だ。



なんなのか分からないが、あいつは異様に門田に懐いている。喧嘩の最初、俺が本気でキレる前、あいつはよく門田の背に逃げ込んだ。別に門田を挟んだからといって、俺の苛立ちが納まるわけでもないと臨也も分かっているはずだ。しかし、それでもそこならば安全というように、あいつは門田の背に隠れた。そして門田ごしにそっと静雄の様子を伺うのだ。
静雄は暴力が嫌いだ。臨也に対してはクソ蚤蟲だから仕方がないと、己の力を振るうことを全面的に許容しているが、他の人間に対してはできることなら傷つけることなどしたくない。だから確かに臨也の狙い通り、臨也が門田の背に隠れてしまえば、俺は拳を収めるしかない。
目線よりもだいぶ下で、門田の背から顔を出した赤い瞳がちらちらと目に入る。それが目に入るたびにイライラして、俺はあいつを殴るべく門田をどかそうとするのだが、なんだかんだで臨也に甘い門田は俺の望む通りにしてくれない。だから仕方がなく俺はぎゅっと拳を握る。
もっとも、本気でキレているときはそんなこと関係なく、俺は落ち着くまで暴れることしかできない。邪魔するのならば門田であろうと、新羅であろうと、誰であろうと容赦なく潰してしまうだろう。
臨也もそれを分かっているのか、俺が本気で切れているとき、あいつは門田の背に隠れることはしない。ひらひらと拳を避け、ナイフを煌かせる。吹っ飛ばされてボロボロになろうとも、俺が落ち着くまであいつは門田に近づかない。 ボロボロになっても、臨也は門田の背に隠れることはない。俺が落ち着いて拳を収め、新羅のやつに怪我の手当をしてもらって、それからようやく臨也は門田に近づく。
大切にしているな、と臨也に思う。
大切にされているな、と門田に思う。
まるで猫のように甘える臨也を門田は苦笑しながらも拒まない。ごろごろとじゃれつくあいつの表情は楽しそうで、俺はその様子を少し離れた場所から見る。
臨也が俺との喧嘩中に門田に近づかないのは、十中八九、門田を巻き込まないためだろう。
巻き込みたくない俺にとって、それは喜ばしいことのはずなのに、それに気づいてから俺は門田から距離をとる臨也に苛つくようになった。なのに、門田の背に隠れられればさらに苛立ちは増した。理不尽だと自分でも思ったが、苛立ちは消えてくれなかった。





教室のドアを開けて、目に入った異様な光景に俺は目をこすった。授業をさぼって昼寝なんてしていたのがいけなかったのだろうか。まだ寝ぼけているのかもしれない。
「……なにやってんだ?」
ドアを開けて、まず目に入ったのは門田だった。それは別にいい。クラスメイトが教室にいたところで何の問題もない。だが、その背には妙なものが張り付いている。
「あれ、シズちゃんじゃん」
臨也が門田の背中にいた。いつものように背に隠れるのではなく、後ろから首に腕を回し、ぴったりとくっついている。太股を門田に支えられ、浮いた足をぶらぶらと揺らす。
つまりおんぶだった。
幼い子供ならばともかく、男子高校生がおんぶをされている光景はなかなか異様だ。
「臨也が足首ひねってね。これから保健室に連れていくところだよ。俺がやってもよかったんだけど、生憎と湿布は切らしててさー」
新羅がカラカラと笑いながらそう告げる。いつものことだが、医者志望の割に心配している様子は欠片もない。まぁ、いつもの流血沙汰の怪我と比べれば、この程度笑い話にしかならないのだろう。そのわりにいつも笑っているが。
「ねーねー、ドタチンさっさと行こうよぉ」
そう言って臨也は門田の肩に顎を乗せ、ぎゅっと腕を狭める。門田が臨也の方を振り向けば、顔がくっついてしまいそうな距離だ。
おいおい、顔近すぎじゃねーか。
なぜかイライラして、ピキリと一本青筋が浮く。無意識に何か投げるものを目が探す。
机、椅子、ロッカー、……。教室を彷徨った目は、やがて赤い色とぶつかった。門田におんぶされたことで、静雄とほぼ同じ高さにある臨也の目が、じっとこちらを見ている。
「んだよ」
何かを誤魔化すように口にすると、臨也がにっこりと笑った。
「あは、シズちゃんと同じ目線だぁ」
見下ろすよりも、見下すよりも、近い距離で見るその顔は人形のように整っている。それでもそれが人形でないと分かるのは、爛々と輝く赤い瞳があるからだ。
その瞳に心臓のどこかが痛んだ気がして、俺はは胸に手を当て首を傾げる。血の巡りがおかしいのだろうか、なんだか顔も熱い気がする。
そんなことを考えていると、すっと臨也が動いた。臨也は少し身を乗り出して、静雄に顔を近づける。
そして
「シズちゃんと同じ目線なんて気持ちわるーい」
無邪気に冷めた目で、そう言った。口元はにやにやと蔑むように笑っている。
「おい、臨也!」
門田の叱責する声が遠くに聞こえる。だが、それよりもプチプチと近くで何かが切れる音のほうが大きい。
「臨也ぁぁあああっ!」
俺の声にひくりと顔をひきつらせた臨也がいつものように逃げようとするが、門田に足を支えられているせいで動けない。
ざまぁみろ、おんぶなんかされているからだ。
殴りつけて抵抗を奪ったあと、大人しくなった臨也を門田から引きずり落とす。どさっと音をたてて、臨也が教室の床に落ちた。そのことになんだか胸がすっとする。
「おい、静雄。臨也は足ひねってんだぞ!?」
「チッ、保健室につれてきゃいいんだろーが」
文句を言う門田に舌打ちをして、俺は倒れた臨也の足を掴んだ。足首じゃなくふくらはぎあたり。
そしてそのまま歩き出した。背後でずるずると音がなる。
そうだ。なんでノミ虫を運ぶのにおんぶする必要があるんだ。こんな奴、引きずるんで十分だろう。
「ちょっちょっと、静雄!」
新羅の声に振り返る。すると目線より随分下に気絶した臨也の頭があった。
ああ、やっぱりこいつを見下ろすのは気分がいい。
オレはそのことに満足して、新羅の言葉も聞かずに再び歩き出す。
「ここ二階なんだけど!?」
背後で新羅のそんな声が聞こえたが、それがどうした。




ちなみに来神高校の保健室は一階。途中にはもちろん階段がある。



がががががががっ どすん




novel


2010/4/5