「『ねぇ、善吉ちゃん。なんで抵抗しないの?』」 全く抑揚のない独特の棒読みの声で、球磨川は張り付けたような笑みを浮かべる。 「『くすくすくす。なーんてね、そんなんじゃ動けないよね。ごめんごめん』」 笑い声すら感情が籠もって聞こえない。これなら音声読み上げソフトの方がよほど情緒豊かに喋るだろう。 「『善吉ちゃんと僕がこんなことになっていることを知ったら、さすがのめだかちゃんも軽蔑してくれるかなぁ』」 俺は何も言わずにただ球磨川を見上げる。 腕が疲れてきた。頭の上でまとめてねじで貫かれた腕には痛みはない。ただ同じ体制を強いられていることに、しびれているだけだ。止められているだけで怪我はないのか、球磨川が痛みをなかったことにしているのか俺には分からない。 どちらにせよ腕は痛くない。行為にしたって俺も多少きついが痛いのはどうみても球磨川の方だろう。 「『ねぇねぇ善吉ちゃん。君はこうして今日も僕に襲われちゃってるわけだけど、誰かに助けを求めようとか思わないのかな?めだかちゃんならきっと君を助けてくれるよ?こんな風に僕を抱いちゃってる汚れて惨めで哀れな君だって、きっとめだかちゃんは同情すらせずに、清く正しく救ってくれる』」 狂ったように狂いのない笑みを浮かべたまま、球磨川は俺へと腰を落とす。結合部がぐちゅりと音を立てた。ぎゅっときつく締めあげる内壁に、俺は自身が大きくなるのを感じた。 「『あははは。言えるわけないよねぇ。よりにもよってくまがわみそぎに犯されてます、なんて。うん?犯されてます?犯してます?どっちだろう。わかる?善吉ちゃん』」 俺が黙り込んでいると、球磨川は困ったような顔を作った。ぐずぐずと中が溶けていく。 「「おいおい、黙り込むなよ。寂しいじゃないか。僕?わかるはずないじゃないか。僕は根っからの少年マンガファンだぜ。官能小説なんて読まないよ。もし人を殺しちゃったらドラゴンボール探しの旅に出ようと思っているくらいの大ファンさ」」 それは別にファンでもなんでもないだろうと思いながらも、俺はぎゅっと口を閉じる。 「「声を出すのはプライドが許さない?そりゃそうだ。男相手にこんなおったてて、しかもあんあん言うなんてプライドずたずただよね。君の大切な仲間たちだってきっと軽蔑しちゃうね」」 球磨川は笑う。狂ったように狂いなく笑う。俺はそっと目を閉じる。 俺はめだかちゃんが世界で一番大好きだ。 江迎と付き合っているし、不知火といるのが一番楽しい。喜界島のことを誰よりも信頼してるし、師匠への尊敬の念はつきない。お母さんのことはもちろん愛してる。 みんなみんな大切で、みんなみんな好きだ。 それでも彼女たちとこういうことをしたいと思わない。 こういうことをするのは球磨川とだけだ。 「……っ」 ぐっと一際強く球磨川が沈み込んだ拍子に、精が弾ける。解放感で頭が一瞬真っ白になった。中に出された球磨川は相変わらず涼しい顔で微笑んでいる。体内の熱さだけが、彼を人形ではなく生き物なのだと俺に知らせた。 「『ね、善吉ちゃん。もし僕がこんなことをしなければ、僕たちは友達になれたかな?』」 球磨川の言葉に俺は笑う。微笑んだ俺に球磨川は不思議そうに首を傾げた。 「俺はお前と友達にはなれない」 以前と同じように俺は告げる。 「『そっか』」 球磨川は傷ついたそぶりも見せずに変わらず微笑んだ。 馬鹿だなぁと思う。 球磨川は知らない。どうして俺が助けを求めないのか。 助けを求めるのがかっこ悪いなんて思っていない。彼女達はこんなことで俺を嫌ったりしない。確かな信頼がそこにはある。 球磨川は知らない。どうして俺が抵抗しないのか。 腕を縛られていたって、足は自由なのだ。パンチより蹴りの方が得意な俺ならば、足さえ動けばいかようにも抵抗できる。 球磨川は知らない。 ――どうして俺たちが友達になれないのか。 ああ、馬鹿だなぁ。本当になんて馬鹿なんだろう。 球磨川のことが嫌いだ。俺は普通のちっぽけな人間だから、この男がしたことをめだかちゃんのように許すことなどできない。 それは球磨川もそうだろう。俺からの許しなど球磨川は望んでなどいない。こいつが望むのは憎しみも許しもめだかちゃんだけだ。 だから俺たちは友達になれない。 友達になんかなれない。 こんな風に欲情する相手に、友情など抱けない。 ああ、馬鹿だなぁ。俺のことを大切にしてくれている人がたくさんいて、俺もまた彼女たちのことを愛しているというのに、それでもこいつなんて。それでも欲しいと思うのはこいつだけなんて、俺はなんて馬鹿なんだろう。 「、ふ」 かすかに声が漏れる。泣きそうだったのか、笑いだしそうだったのか、諦観なのか、安堵なのか、それとも単なる喘ぎだったのか。そんなの俺にも分からなかった。 「『思うことを言わざるは腹ふくるるわざっていうけど、あんまり寡黙な男は嫌われるぜ?ま、いま腹いっぱいなのは俺の方だけどね』」 下品なセリフを吐きながらも、いっそ聖人のように清らかに球磨川は笑った。俺は笑わない。 ただ球磨川の白く薄い腹を見て、俺の思いがこいつの腹に満ちているのならばどんなにいいだろうと思った。 俺の口にしなかった言葉全部が精になって、球磨川の腹んなかを満たしたのなら、この思いも正しく伝わってくれるだろう。 そう思ったけれど、俺はやはり口を閉じた。 だってもし愛なんて囁いてしまったら、馬鹿で臆病なこの男はきっと逃げてしまうだろうから。 愛(プラス)から逃げて逃げて逃げて、俺の思いすら、"なかったこと"にしてしまうだろうから。 だから俺はなにも言わない。 なにも言わないまま、今日何度目かの精を吐き出した。 |