イギリスは紅茶を飲んでいた。自分で淹れたものではない。正直、自分で淹れたほうが何倍も美味しいし、何より右側からコーヒーの匂いがするのが不快だったが、イギリスはそれを飲んでいた。他でもない友人!が淹れてくれたものに文句を言うほどイギリスは不躾ではなかったし、強くもなかった。初めて出来たまともな友人なのだ。こんなことで仲違いなどしたくない。そう、他でもない日本が招きだからこそこうしてアメリカなんぞと席を同じくしているのだ。
 茶と共に出された日本の菓子をフォークと串を合わせたようなものでつつく。やわらかなピンク色のそれは塩漬けにされた葉に包まれていてそれ自体が花のようだ。
「うーん、日本これ味薄いよ。もっと甘くして・・・、そうだ!あと色をショッキングピンクすればいいよ!」
 もごもご食ったかと思うと、いい考えだとばかりに言い放つアメリカにイギリスは頭が痛くなる。別にイギリスだって味の濃いものは好きだ。幼い頃を共にしたこともあって不本意ながらイギリスとアメリカの味覚は似通っている。だがこれはこの素朴な味わいが良いのだろうことぐらい察しは付く。なにより日本が出してくれたものをそんな風に言うなんて!
「おい!アメ・・・」
「すいません、アメリカさん。私があんまり甘いものが得意でないので、つい・・・」
 アメリカを叱ろうとしたイギリスにかぶさるように日本が謝る。普段日本は相手の言葉の上に自分の言葉を重ねるようなことはしない。じっと相手の話を聞いて、話し終えてからそっと自分の意見を述べる。だから今のはきっとわざとだ。ちらりと日本を伺うと、日本は微かに眉を下げてはんなりと微笑んでいる。
「ショッキングピンクも鮮やかで綺麗かもしれませんね。でもこれは桜ですから」
 ふわふわと柔らかく笑う日本からはアメリカの暴言に気分を損ねたような様子は見られない。だが日本が色のついた食べ物を嫌いらしいことはイギリスも知っている。本当に嫌いなのかは知らないが、事実日本は色のついた食べ物を食べない。それでもこうして穏やかにアメリカを宥めている。こういう彼だから空気の読めないアメリカと付き合っていられるのかもしれない。
「サクラ?これがかい?」
「はい、これは桜餅と言ってこの葉は桜の葉を塩漬けにものです。飾りではなく食べられるのでどうぞご一緒に食べてみてください」
 そう言って日本はサクラモチを食べ、茶を口に含む。日本の手にあるのは茶色い取っ手のないカップだ。中にはグリーンティが入っている。イギリスが持っているのはティーカップに入った紅茶だし、アメリカの手にはちゃんとコーヒーカップがある。以前お茶をしたときには日本も紅茶だったから今回はイギリスとアメリカ双方に気をつかって3人別々にしたのだろう。日本のそういう気が利くところがイギリスは好きだった。アメリカに是非とも見習って欲しいところでもある。
「そうそう!サクラといえばワシントンのサクラを知っているかい?」
 やはりもぐもぐと口に含みながらアメリカが喋る。やはり躾はきちんとすべきだった。そう思いながらイギリスもサクラモチを食べてみる。しょっぱくて甘い。不思議な味だ。
「あれだろ?お前んとこの上司が子供の頃に樹折って誉められたっていう」
 口に味が残っているうちに紅茶を口に含む。こくん、あんまり紅茶には合わないかもしれない。微かに広がった苦味にイギリスは思わず眉を寄せた。
「違うよイギリス!まったく君は分かってないなぁ。ワシントンはね、幼い頃サクラを切ってしまったんだ。でもそれを正直に謝ったらよく嘘を吐かなかったと逆に父親に誉められたんだよ。さすがワシントンだよね!正義は勝つんだ!」
 立ち上がりノリノリで話すアメリカに呆れて溜め息を吐く。一体いつからこんなヒーロー馬鹿になったのか。小さな頃はこうじゃなかった筈だ。日本もさぞや呆れているだろうと思い、そちらを見てイギリスは動きを止めた。日本は微笑んでいた。いつもは無表情気味なのに今はにっこりと。
「日本もそう思うだろ?」
 肯定を疑ってもないような顔でアメリカが尋ねる。それを受けて日本がすぅっと目を細めた。
「知っていますか?『桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿』。ワシントンさん?ええ、知っていますとも。その話を聞いたとき思ったものです」
 日本がにっこりと満面の笑みで微笑む。

「桜切ってんじゃねぇよ、ばぁか」

 空気が凍った。
 イギリスは逃げたかった。歴史も誇りもユニオンフラッグすらもかなぐり捨てて逃げたいと思っていた。だが身体は動かず指先が震えるばかりだ。ティーカップがカチャカチャと音を立てる。冷や汗のせいで寒いのかそうではないのかもはや分からない。せめて目を逸らしたい気持ちでいっぱいだったが、日本の笑顔があまりに綺麗で目を離せない。まるで地獄のような天国だった。あるいは逆だったのかもしれない。
 そんな凍りついた空気を壊したのはやっぱりアメリカだった。
「うん?ごめんよ?」
 何が悪かったのかなどまるで理解してない顔でアメリカが日本に謝る。口先だけ、というかsorryというよりexcuse程度の謝罪だ。それでも珍しくアメリカが謝ったからか日本の周りの空気が少し和らぐ。
「これからはサクラだけじゃなくウメも切るよ!」
 分かってねぇ!?心の中でつっこむが、アメリカはさも名案とばかりに笑う。それを受けて日本もにっこりと微笑む。イギリスだけが笑えない。ああ、どうしてアメリカはこんな空気の読めない奴になってしまったのだろう。俺の教育が悪かったのか、そうなのか。いっそ俺も分からなければ楽だったのに!
「イギリスさん、ちょっといいですか?子供の教育について話し合いたいことがあるんですが」
 固まったまま動けないイギリスに日本がにっこりと微笑んで言う。とばっちりだ。思わずアメリカに助けを求めるが、アメリカは珍しく日本が笑顔なのが嬉しいのか一人にこにこ笑っている。
「あ、ああ・・・・・・」
 美しく微笑む日本から目を逸らし、覚悟を決める。少しでも落ち着こうと口に含んだ紅茶は冷えていて、逆に震えは増すばかりだった。




桜餅は冷凍保存で


novel


2008/4/28