四角い世界で歪な三角



 影宮閃は雪村時音が嫌いだった。墨村良守を監視するのに当たって勘の良さそうな彼女は邪魔だった。しかしなにより彼をめぐっての意見が合わないことが原因であった。

 雪村時音は影宮閃があまり好きではなかった。墨村良守には言わなかったが理由のはっきりしない派遣を疑っていた。しかしなにより彼をめぐっての意見が合わないことが原因であった。

 一方、墨村良守はといえば閃のことも時音のことも好きだった。

 つまり、それが原因だった。



 後ろから呼びかけてくる声に閃は振り向いた。良守だ。正直なところ名前を呼ばれる前から良守がいることは分かっていたが振り向かなかった。名前を呼んで欲しかったからとかそんな理由ではない。
「おーい、影宮」
「なんだ」
「ちょっと話、あるんだけどいいか?」
 言いにくそうにしている良守を見て表面上は面倒臭そうに装う。だが内心はガッツポーズだ。相談なんて信頼されている証だ。
「で、なんだよ。良守」
「あ、あのあのさ、影宮って・・・」
 屋上まで閃を連れて来られた。風が少し寒い。相談とはなんだろうか。わざわざ閃にするということは雪村時音にはできない、男同士の話とかそういう感じだろうか。しかし良守は言ったことは違った。
「影宮って時音のこと好きなのか・・・!?」
 目眩がした。しかし、気を失っている場合でもないことを閃は知っていた。そんなことをすればこの暴走魔はあらぬ方向へ突っ走るのだ。良守のその性質は閃の愛するところでもあったが標的が自分となればそうもいかない。
「あ・り・え・ねぇえええ!なんで俺があんな女に惚れなきゃなんねーんだよ!」
 閃は否定した。力の限り否定した。いっそ時音の存在否定になるほど否定した。必死だった。だがその努力を飛び越えるのが良守である。
「な、なんだと!?時音はすごいんだぞ!?・・・ハっまさかそんな慌てるなんてやっぱり本当はお前、時音のことが好きなのか!?そうなんだろ!」
こうなれば否定すればするほど誤解されるだけである。しかしこんな誤解を、他でもない良守に黙って受けていることなど出来ない。
「待て。お前どうしてそんな風に思ったんだよ」
「だ、だって、最近影宮と時音よくしゃべってるじゃんか!」
 なんでそうなるんんだ。



 夜の学校は騒がしい。本来なら静かで不気味なのだろうが、時音にとっては小さい頃から毎晩来ているところであり、仕事場である。妖の起こす騒ぎで静かどころではない。
 小さな妖を一匹倒すと、黒い影が駆け寄ってくる。良守だ。彼の黒い仕事着は闇夜によく溶ける。時音の白い法衣より隠れやすそうで良さそうだと思ったことが何度かあった。
「良守。遅いよ」
「ごめん」
駆け寄ってきた幼馴染の手には四角い箱。どうやらまたケーキを作ってきたらしい。懲りないなと思うけれど、正直嬉しい。ケーキがおいしいのもそうだが、自分の為に作ってくれた良守の気持ちが、だ。今日もチーズケーキだろうか。時音の一番好きなケーキ。
「何、あんたまたケーキ作ってきたの?」
「おう、今日は苺ショートだ!」
 その答えにおや、と思う。基本的に良守がここに持ってくるケーキは時音の為に作られている。だから必然的にチーズケーキが多くなる。何か良いレシピでも浮かんだんだろうか。
「へえ、珍しいわね」
「影宮が苺好きらしいから」
一瞬ケーキを踏み潰したい衝動に駆られた。だが、そんなことをすれば良守は泣くだろう。良守を悲しませるようなことは良くない。
「へ、へえ、そうなの。でも甘いものとか平気なのかしら」
 それでも押さえきれずに出た遠まわしな言葉に良守が目を見開く。どうしたというのだろう。影宮閃にケーキを食べてもらえないかもしれないことがショックでこんな顔をしているのだとしたら少し腹立たしい。しかし、やはり良守は良守であった。
「まさか・・・、いやでもあいついい奴だし。もしかしたら・・・、いやいや。でもあいつもてるし・・・」
 いきなり何かぶつぶつ考え込んでいる。もしや時折聞こえてくるあいつとは影宮のことだろうか。そして良守が勢いよく顔を上げた。
「そ、そんなこと気にするなんて、ととととと時音も影宮のことが好きなのか!?」
も、ってなんだ。



 閃と時音は烏森にいた。会話の内容は言わずもがな良守のことである。むしろ彼ら二人が良守のこと以外でこうして話すとしたらそのときは烏森に事件が起こっている。
「だーかーらー!止めてばっかりでも駄目だっつってんだろ。好き勝手にさせたほうが良守にはいいんだよ」
「だからそんなことしたらあいつ暴走するに決まってるでしょ。様子を見つつ成長させるべきでしょうが」
「様子を見るっていつまで見てんだよ。過保護にしすぎるより、本人に任せたほうが上手くいくに決まってんだろ」
「本人の好きなようにさせることが必ずしも良いとは限らないじゃない。だいたいあんた苺が好きっていくつよ。男らしくないと思わないの」
「苺は関係ねぇだろ!だいたいあんたも幼馴染だからって良守のことならなんでも知ってるなんていい気になってんじゃねえの」

 言い合う二人に近づく影があった。その影の主に二人とも気付いていた。気付いていて無視していた。
「あーなんか君たち良守のお父さんとお母さんみたいだねぇ」
「「(頭領)(正守さん)は黙っててください!!」」

 そして夜はふけゆき、歪な三角形が頂点を放置したまま形成されていく。

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2007/10/22