「おはようございます綱吉君! 今日もいい天気ですね。まぁ僕は君がいれば雨だろうと台風だろ うといい天気なんですけど! ああ、今日もなんて可愛らしい。本当に実は妖精か天使なんじゃないかと思ってしまいます。まぁもちろん本物の妖精や天使も君 の愛らしさには叶いませんけどね。くふふ、寝癖がついていますよ。でもそれすら君の魅力を引き立てるだけなんですから、君は本当に罪づくりですね。好きで す大好きです愛しています」 驚くべきことにノンブレスで言い切った。 なのに息切れ一つしていない骸を前にして俺はこいつの肺活量ぱねぇと思っていた。それとも活舌に感動するべきだろうか。 早口言葉が苦手な俺としては少し見習いたい。すぐ噛んじゃって全然言えないのだ。 隣の客はよく柿食う客だ? 柿が好物なんだろう。隣の家の客なんだから放っておいてやれよ。 「……おはよう」 「はい! おはようございます」 現実逃避もほどほどに俺が呆れながら挨拶すると、骸はにっこりと笑った。きらきらと輝くような笑顔である。朝日並にまぶしい。 骸はディーノさんのようにきらきらした美形ではないと思っていたけれど、こうして満面の笑みを浮かべればやはり美形は美形だった。イケメン爆発しろ。 「くふふ、寝ぼけている綱吉君も可愛いです。大好きです」 うん、うざい。 寝ぼけているんじゃなくて呆れているのだが、そこらへんは分からないのだろうか。いやもしかしたら慣れすぎて呆れてすらいないかもしれない。 玄関開けたらすぐ骸。 そのことに驚かなくなってしまった自分が恐ろしい。こんな風に愛を囁かれることになれてしまったことも、また。 「あー、どうでもいいからお前もさっさと学校行けよ」 骸の通う黒曜中は当然のことながら、俺の家からは並中より遠い。だってここ並盛だし。 そんな並中生の俺がいつも通り遅刻ぎりぎりで登校しようとしている時刻なのだ。ここから黒曜に骸はもうとっくに学校に向かわなければ行けないだろう。 「ええーいいですよ。綱吉君に比べたら学校なんて塵芥でしかありません」 「いいから行けって」 駄々をこねる骸を睨みつけてそう言うと骸は肩をすくめた。そんな姿すら様になるのだから美形ってずるい。 「仕方がありませんね。綱吉君がそこまで言うのなら」 骸は苦笑しながらそう言った。 「放課後まで会えないのは寂しいですが、それまでずっと綱吉君のことを考えて我慢しますね。それじゃあまた」 幻術を使ったわけでもないのに、骸はあっと言う間に去っていった。この辺がコンパスとか運動神経の違いなのかもしれない。 俺はため息をひとつ吐くと学校へと向かう。本当にそろそろ急がないと遅刻する。 風紀委員会は風紀というよりもヒバリさんの不快な物を取り締まる委員会なので、基本的に遅刻や服装のチェックなどは緩いのだがそれでもたまに思い出したよ うにやるので油断できない。校門前で学ランをなびかせるヒバリさんはかっこいいのだが、一分でも遅刻すると噛み殺し決定だ。 俺は小走りで学校に向かいながらそっと頬に手を当てた。走っているから胸がドキドキするし、頬が熱い。 骸が今のようになったのは一ヶ月ほ前からだ。 それまではツンツン嫌みったらしかったのに、いきなりあんな風になってしまった。何があったのかは俺にはよく分からない。その少し前になんだか悩んでい たみたいだから何かあったのかもしれない。 骸はいつも朝と放課後に俺のところに来てはにこにこと歯の浮くようなセリフを吐いて去っていく。 最初は新たなる嫌がらせかと思ったのだが、そこはブラッドオブボンゴレ。正直、骸関係以外で役に立ったことがほとんどないのだが、逆に骸に対してはかな りの精度を誇る超直感が、それが骸の本心だと俺に知らせた。 「そういや、もうすぐあいつの誕生日だよな……」 前にクロームがハルたちと星占いの話をしていたときに聞いたのだ。別に骸の誕生日を知りたかったとか相性占いをしたかったとかそんなんじゃなくて、単に なんとなく会話の流れで聞いただけだ。覚えていたのだって六道骸で六月九日とか分かりやすすぎだろって思ったからだし。 「まぁ、あいつがどうしてもっていうなら祝ってやってもいいかな」 それにイベント好きのリボーンのことだから勝手に誕生日会とか企画するかもしれないし。どうせリボーン主催のイベントはいやがおうでも強制参加だ。 そして放課後、いつものように校門前に骸が現れた。いつも思うけれどあいつ自分の学校の掃除とかないんだろうか。 「六道! てめぇ、また現れやがったな!」 いちはやく発見した獄寺くんが骸を睨みつけて、ダイナマイトを取り出す。 朝は授業準備という名目で先に行ってもらっているけれど、放課後はそうも行かない。基本的に単純な獄寺くんは術士とは相性が悪いので、そんなに大事には ならないのだが、それでも騒ぎにはなってしまう。 「あ! ああ〜骸を追い返したいけど、掃除もあるしどうしようかなー。こんなときに代わりに掃除をしてくれる有能な右腕がいたらなぁ!」 大声でそう呟けば、ぴたりと獄寺君の足が止まる。 「俺がやっておきます! 十代目!」 「ほんと!? ありがとう獄寺君! さすが頼りになるね!」 きらきらとした笑顔を向ける獄寺君に、俺も精一杯の笑顔で返す。 「じゃあ、よろしく!」 すちゃっと手をあげると、俺は荷物を持って教室を飛び出した。 ああ、罪悪感。 それにしてもあんな棒読みに騙されるとかちょっと獄寺くんの将来が心配になる。いつか悪い女にひっかかるんじゃないだろうか。 階段を数回転げ落ちながら校舎をでると、すでにそこは戦場だった。 「骸!」 「あ、綱吉君」 ぱぁあっと顔を輝かせる骸の正面には楽しそうな顔をしたヒバリさんが立っている。既にトンファーは構え済みというか、そこらにあるクレーターが戦闘中で あることを教えてくれる。 「ヒバリさん! これは俺が責任を持って帰りますから、落ち着いてください!?」 「これなんて綱吉君ってば冷たいんですから。でもそんなところもまた可愛いんですけど」 「お前は黙れ!」 「くふっふー僕お持ち帰りされちゃいますー?」 ヒバリさんを挟んで骸とぎゃいぎゃい言い合う。我ながらずいぶんと図太い。 「ふうん、つまり君は六道骸をかみ殺すのを邪魔するってことでいいのかな?」 無表情で首を傾げる様は可愛らしいが恐ろしい。 いやいや、改めてトンファー構えるのやめてください。二人まとめてなんてお得だねって顔しないでください。 「くふ、随分とやる気ですねぇ、雲雀恭弥。せっかく綱吉君といるんですから邪魔しないで欲しいんですけど」 「心配いらないよ。すぐ二人まとめて咬み殺してあげる」 雲雀さんがトンファーを構え、骸もまた三叉層を呼び出す。VGではない普通の武器だ。さすがにこんなことにVGを使ったりしないだけの分別はあるらし い。いや、こんなとこで武器を出すだけで十分ダメだけど。 「ちょっと待った!」 俺は慌てて二人の間に入る。雲雀さんの方を向いたのでまるで骸を背にかばうような形だ。 「綱吉君?」 いつもならビビって二人の戦いを見るくらいしかできない俺だが、今日は秘策がある。俺は震える足を隠して雲雀さんに向き合った。 「なに。やっぱり邪魔するつもりなの」 不機嫌な声にやっぱりビビるけれど、それでも俺はポケットにつっこんだ手を出し言った。 「ナッツ! 君に決めた!」 炎を灯した指輪で雲雀さんを指さすと、某電気ねずみよろしくナッツが飛び出す。そしてその勢いのまま雲雀さんの顔にしがみついた。 「……ワオ」 雲雀さんは避けることも攻撃することもなく、無抵抗にナッツにしがみつかれている。 雲雀さんが小動物に弱いことは調査済みだ! 毎日一緒に風呂に入っているナッツの腹毛をとくと堪能するが良い。ネコ科の毛は柔らかいぞ。もふもふ! 「ほら、骸! 今のうちに帰るよ!」 きょとんとしている骸の手を引いて駆け出す。 ちらりと振り返ると、ナッツがこちらを向いてパタパタとしっぽを降っていた。今は雲雀さんに肉級をぷにぷにされている。 心の中で相棒に感謝を送りながら、俺は骸と一緒に走った。 「もう、平気、かな」 学校からしばらく走った後、息も絶え絶えにそう言って俺は足を止めた。 隣りに目をやると骸も少し息を乱している。そういえば投獄されていたせいで未だに体力は戻っていないと言ってたっけ。 「ごめん、骸。大丈夫?」 「大丈夫ですよ。くふふ、やっぱり綱吉君は優しいですね。本当に実は君は天使なんじゃないかと思ってしまいます。そんな優しいところも大好きです」 「あー、うん。大丈夫そうだな」 通常営業の骸に呆れつつ、俺は骸の手をひいて歩きだした。今度は息を整えるようにゆっくりと。 「そういえばナッツは大丈夫なんですか?」 「雲雀さんならナッツにひどいことはしないだろうし、あんまり炎込めてないから、しばらくしたら戻ってくるよ」 「そうですか」 ナッツの無事を告げると、骸はふわりと笑った。その表情に胸がどきりとした。あんまり見たことのない表情だったからだ。 俺が見たことがあるのはツンツン時代の額にしわを寄せた顔と、最近のテンションの高い笑顔だけだ。いつもこういう顔してれば普通にきれいなのに。 「えっと、あ、うん。そうそう、お前、今度誕生日なんだって?」 「ああ、はい」 俺がしどろもどろになりながら訪ねると、骸は至極どうでもよさそうに答えた。 「なにか欲しいものとかある? いや、ほら、リボーンのことだからまたボンゴレ式誕生日会とかするかもだし、そしたらプレゼントがない奴が何か罰ゲームと かありそうだし」 まるで俺が骸の誕生日を祝いたいみたいな言い方になってしまったので慌てて付け加える。すると骸はその様子が面白かったのかくすりとほほえんだ。 「その心配はないでしょう。アルコバレーノもわざわざ僕の誕生日を祝ったりはしませんよ」 骸は穏やかに微笑んで、あっさりとそう言い放った。 「え、でも」 俺は言い募るが、骸は変わらずに微笑んでいる。その姿になんだが違和感を持った。 さっき手を引いたときのまま、俺は骸の手を握っている。骸は握らない。握ることも拒否することもなく、ただ俺の手を無抵抗に受け入れている。 「……骸は俺のことすきなんだよね?」 「ええ。愛していますよ、綱吉君」 その言葉に嘘がないことを俺は知っている。けれどこの違和感はなんだろう。 「じゃあ、俺にしてほしいこととかないの?」 「くふふ、さすが綱吉くんは優しいですね。でもいいんですよ。無理はしないでください」 にっこりと骸は微笑む。とてもきれいな笑みなのに何故だか拒絶されているように感じる。 「骸は、俺に好かれたいとは思わないの」 からからと妙に乾いた喉を震わせて問いかける。骸はきょとんと目を見開き、そして言った。 「君が僕を好きになるはずないじゃないですか」 ああ、ようやく違和感の正体がわかった。 骸が俺のことを好きなのは本当だろう。けれど骸は俺に何も望んでいなのだ。 そうだ今までだって骸は俺に愛を囁くばかりで何も要求してこなかった。触れることすらしなかった。愛していると口にしても愛してほしいとは決して言わな かった。 「どうして、そんなことを思うんだよ……!」 瞳に水分を奪われ科のように喉が乾き、目がうるむ。 いまようやく自覚した。理解した。 俺は骸を好きになりたくなかった。 骸がそれを望んでいないのを無意識に知っていたから、俺も好きに気づかない振りをした。 毎朝、獄寺くんを先に学校にやっていたのも、ヒバリさんを止めるために色々策を練ったのも、全部骸が好きだったからだ。 「綱吉くん? どうしました? 大丈夫ですか?」 泣きそうになっている俺を見て、骸がおろおろと手を動かす。けれどその手は俺に触れない。 「な、んで……っ、どうして……」 どうして骸は俺を好きになったんだろう? どうして俺は骸を好きになってしまったんだろう? どうして。どうしてと、まるで子供の駄々のように俺は呻いた。 「綱吉くん、泣かないでください。僕の為に、君が泣く必要なんて無いんです。僕のことなんて好きにならなくていいんですよ」 懐からハンカチを取り出した骸はそれを俺に渡した。そこそこ有名なクマのキャラクターがプリントされている。骸とのギャップに俺は笑おうとしたけれど、 結局さらに顔を歪めることしかできなかった。 「骸は、自分が他人に好かれるわけないって、そう思っているの?」 「超直感ですか?」 嗚咽を漏らしながら尋ねると、骸は仕方がないとでもいうように眉を下げて微笑んだ。 「僕の今までしてきたことと性格を考えれば、好かれるなんて、そんなことありえないでしょう?」 骸は宥めるようにそう言ったけれど、そんなの納得できるはず無い。 「だって、クロームは……、犬さんや千種さんは、お前のこと好きじゃないか!」 クロームたちはどう見ても骸のことが好きだ。大好きだ。こいつはそれすら信じないのだろうか? 「あの子たちには理由がありますから」 「理由?」 「僕はあの子達を救った。恩を感じるには、好きになるには十分でしょう」 「……っ」 俺はその骸の言い分に眉を顰めた。 だってそんなの違うのに。確かにクローム達が骸に恩を感じているだろう。でもきっとそれだけじゃない。彼らが骸を好きなのはそんな理由からだけじゃない のに。 「人間が人間を好きになるのにも嫌いになるのにも理由は必要なんですよ。理由なき好意など存在しない。無意識のうちに考えて、計算して、その理由の元に人 は人を好きになる」 骸は何処か遠くを見るような顔で淡々とそう言った。その眼は俺など見ていない。 「骸は俺が好きなんじゃないの……?」 「好きですよ」 あっさりと感情の抜け落ちたような声で骸が告げる。 「君は僕に勝ち、その上で僕を庇った。そんな君に僕が恩を感じて、もしくは保護から外れることを恐れて好意を抱いても不思議はないでしょう?」 淡々と言う骸の言葉に俺は胸が痛んだ。視界が黒くなるような感覚。 その反面、ああそうだったのかと納得する自分もいた。ほら、やっぱり俺なんかを骸が本気で好きになるはずなかったろう? 傷付かないために無意識に張った予防線が俺をそう笑う。 「愛していますよ、綱吉君」 変わらぬ温度で躯が愛を口にする。 どうしようもなく悲しくなって、俺はそっと俯いた。胸を重苦しいものが埋め尽くして呼吸すら苦しい。 ああ、わかっている。 愛しているという言葉に嘘はない。 たとえ理由ありきでも、骸は骸なりに俺を愛してくれている。何も望まず何も願わず、ただ与えるだけの無償の愛。こんな男がまるで聖人のような愛を持つの だから不思議なものだ。 骸は俺の手を握り返さない。俺に触らない。俺の愛を欲しがらない。 きっと無償の愛っていうのはきれいですごく尊いもので、普通はどんなに欲しがったって神様くらいからしか貰えないものなのだろう。 だけど。 だけど、俺は骸に欲しがってほしかった。 みっともなく、ワガママに俺の心を望んで欲しかった。 だって何も望まないなんて、そんなの俺の気持ちなんかどうでもいいみたいじゃないか。 ハンカチをきつく握りしめる。ぽとりと落ちた涙が、地面に小さなシミを作った。骸がぎょっとしているのが気配でわかる。 「……なんだよそれ」 「あの、綱吉君?」 小さく呟いた言葉を、俺の雰囲気が変わったことに動揺したのか骸が恐る恐る問い返す。 ああ、なんかだんだんムカついてきた! 「骸っ!」 「は、はい!」 ぐいっと塗れた頬をぬぐい、俺は顔を上げる。にらみつけた骸の顔には戸惑いが浮かんでいた。 「6月9日覚悟しとけよ!」 指をさして高らかにそう宣言する。そう、これは宣戦布告だ。 ぽかんとしている骸を置いて俺はくるりと駆けだした。 途中で電柱にぶつかったりしたのは、まぁうん、どうでもいい。心配する声が後ろから聞こえたが、振り返ってなんかやらない。 だって俺は怒っているのだ。 よく考えたら一方的に愛して俺の気持ちはどうでもいいなんてあまりにも俺をバカにしている。そんな奴のことにどうして俺が気を使ってやらなきゃいけない んだ。理由なんて知るかバカ。 骸が俺に好かれたいと思っていないからなんだ。本当に好きじゃないからなんだっていうんだ。骸が俺の気持ちを気にしないのなら、俺だって骸の気持ちなん て気にしない。 骸が骸なりの愛で俺を愛するなら、俺だって俺の愛を骸に向けてなんの問題があるだろう。 俺は骸みたいに無償の愛なんて持てない。そんなの知らない。手は握りたいし、話したいし、触りたいし、付き合ってキスやその先だってしたい。好きになった ら同じ気持ちを返して欲しい。 だから思い知らせてやろう。俺だってお前のことが好きだということを。理由なんかなくたって大好きだということを。 「とりあえずプレゼントは俺作戦でいくか」 決意の目で頷いて俺は骸の誕生日に向けて作戦を練る。自分でリボン結ぶのは不器用な俺には無理そうだし、獄寺君に協力してもらおう。クロームにも協力し てもらえるといいんだけど。 せっかく好きな人の誕生日なんだ。それこそ全身全霊で祝ってやろうじゃないか。喜んでくれたら嬉しいし、嫌がったって知ったことか。骸の言ったとおり、 俺は骸に勝っているのだ。 「覚悟してろよ。ケーキより甘く愛してやんよ!」 まぁ最悪の場合、実力行使で既成事実から恋を始めことにしよう。 |