Bang!

ば ん !

 たった一発の銃声が全てを奪った。

 その音を骸は聴いてはいない。聴こえる筈がない。それでも銃声はずっと骸の頭の中で響き続けている。まるで自身が撃たれたかのように。

 ダン!

 その場に居なかった骸はそれが実際どんな音だったかなど知らない。だからいつまでも響き続けるこの音は骸が今まで殺してきた際に使用したものだろう。ならばこれは罰だろうか。

 バン!

 その音を知りたかったと骸は思う。例え何も出来なかったとしてもその場に居たかった。居れたら居れたで死ぬほど後悔したと思うが、それでも骸は手を伸ばしたかった。
 手を、伸ばすことすらできなかった。
 彼が死んだ瞬間に何をしていたか覚えていない。覚えておく価値の無いことだったのだろう。そんな時に彼は死んだ。何もすることが出来なかった。気付くことすらなかった。

 ダン、!

 意識を飛ばして葬儀を見に行った。黒い棺の中の彼はとても穏やかで、死んでいるなんて嘘みたいだった。
 嘘なんじゃないかと何度思ったことだろう。彼はただ眠っているだけで、泣いている者もみんな僕を騙しているのだ。きっと僕が本気にして泣き出したら、彼は目を覚まして騙されたと笑うつもりなのだ。前に嘘が下手だとからかったのを根に持っているのかもしれない。そうはいくか。誰が期待通りに騙されてなどやるものか。きっと短気ではないが忍耐強くも無い彼のことだ。すぐに痺れを切らして起きるに決まっている。だけどいつまでたっても彼は起きず、何処からかどっきりのプレートが出てくることもない。
 白い、白い、純白の花々に囲まれて彼は穏やかに眠っている。嗚呼、彼には白よりも黄色い花のほうが似合うのに。鮮やかな太陽の色。春のような人。

 パン!

 不意に涙が零れた。これはこの身体の意志だろうか。それとも僕の?スーツの裾で乱暴に頬を拭う。スーツの色は当然黒く、そんなことすら妬ましく思う。
 恨めしくて羨ましい。手を伸ばしたかった。あの場に居たかった。この場に来たかった。喪に服したかった。
 なにひとつ出来ないこの身が憎くて堪らない。涙を流すことすら六道骸には許されないのだ。


   *****


 バン!

 腕をあげることで反動を受け流し、すぐに再び撃つ準備をする。

 ダン!

 避けた場所を幻覚の氷で貫くが、相手はそれをさらにバックステップで避ける。舌打ちをして再び銃を向けるが男は飄々としている。
「ねぇねぇ、なぁんでそこまでするの?もうボロボロじゃない骸君」
 あはは、笑いながら告げられる言葉に眉を寄せる。どう否定しようとも白蘭の言うことは真実だ。水牢を出たばかりの骸の筋肉は衰えきっていて、体術など使えていない。能力も半分以上封じられたまま、リングの力を使っても心もとない。そんな身体で白蘭に挑むなど誰がどう見ても骸の行為は無謀だろう。むしろ白蘭の元にたどり着いただけでも奇跡だ。
「聴きたい音があるんです、よっ」
 蔦を伸ばすと同時に数発銃弾を撃ち込む。不意をついたつもりのその攻撃すら白蘭は軽々と避ける。ひらりひらりと白が踊る。
「聴きたい音?ああ、僕が死ぬ音ってこと?」
 楽しげに白蘭が笑う。彼にしてみれば遊んでいるつもりなのだろう。六道骸という玩具が壊れるまでのほんの遊び。ぽとり、血の混ざった汗が落ちる。呼気は荒く、黒かった服は血に濡れて微かに赤い。満身創痍という言葉を体現したかのように身体中傷だらけだった。
「ぐはっ」
 いつの間にか近づいていた白蘭に腹を蹴られ、思わず蹲る。
「あはは、大丈夫?」
 手の甲を踏まれ、手にした銃も取り上げられる。せめての抵抗として睨みつけると白蘭は嬉しそうに笑ってさらに足に力をかけた。ぱきぱきと小枝でも踏んでいるかのように手の骨が砕かれていく。
「ねぇねぇ、どうしてここまで頑張るの?そんなにボンゴレを殺されたのがショックだった?」
 あははははははははは。白蘭が笑う、哂う、嗤う。朦朧とする意識の中、骸はその声を聞いていた。

 どうしてここまでするのか。正直なところ自分でも良く分からない。
 ただ、銃声がうるさくて。それを止める為に此処へ来たのだ。

 『――!』

 沢田綱吉が死んだその音を骸は知らない。
 知りたかった。だから聴きたい。
 此処に辿りつくまでに何人も殺したが分からなかった。どの音も軽すぎて彼のものと同じとは到底思えない。

「・・・・・・れは、沢田綱吉は、僕の、標的です、よ」
 息を詰まらせながらそう言って微笑む。
「ふーん、そう」
 それを聞いて白蘭はにっこりと笑みを深め、骸の腹を強く蹴り飛ばした。壁にぶつかり、肺から空気が洩れる。
「あれ?壊れちゃった?」
 白蘭はつまらなそうにそう言うと、しゃがみこんで動かなくなった骸の頭を掴んだ。


 このときを待っていた。


 飛ばされた瞬間に懐から取り出た銃を白蘭の胸に押し当てる。この距離なら避けられることはない。白蘭が驚きに目を見開く。それを視界に入れながら、骸は容赦なく引き金を引いた。

 ダン、ダダン、ダン、バン!

 どうあっても死を免れないほど撃って手を止めた。ボロボロの身体を引きずるようにして立ち上がる。ゆらりとふらつく身体を壁にもたれかける。純白のその服を真っ赤に染め横たわる男を見下ろせば、身体中に穴の空いた今も男は笑っていた。
「ね、聴きたい音はきけた・・・・・・?」
 口から血を吐きながら、そんなこと何でもないとでも言うかのように白蘭は笑う。
「・・・・・・・・・」
 沈黙は否定だった。白蘭を殺しても音は分からない。銃声は止まない。

 ダン!

 本当は分かっていた。この音がどこから聞こえてくるのか。どうすれば止まるのか。

「もっと早くこうすれば良かったのかもしれませんね」
 クフフ・・・、そう笑って銃を持つ手を持ち上げる。ああ、もう疲れてしまった。

 そして銃口をこめかみに当てる。







ばん


 銃声が止んだ。

novel


2008.4.23