俺には幼馴染が一人いる。名を六道骸という。 眉目秀麗、文武両道、才色兼備? 顔が良くて、頭が良くて、運動が出来て、お前どこの出来杉くんだよという奴なのだが一つ欠点があった。 唯一つ、性格があれだった。 いや、こう言うと誤解されそうだが、別に性格が悪いというわけではない。むしろ世間一般的には良いほうに含まれるだろう。しかし長年の付き合いの俺にしてみれば欠点に他ならない。 最近は背も伸びてようやく男らしくなってきたが、数年前までは中性的な美貌のせいで女の子に間違えられることも多かった。可愛い可愛い骸ちゃん。綺麗な綺麗な骸ちゃん。幼い骸はそれはもう優秀な変態ホイホイだった。そのたびに俺が蹴り倒し、殴りかかり、骸の手を引き逃げた。しかも最近までそれは変わらないのだから堪らない。おかげで運動神経は鈍いのに、喧嘩ばかり強くなってしまった。 俺より頭も運動神経も良いのだから、いい加減自分で対処できるようになって欲しいと思うのだが、穏やかで優しい幼馴染は、どうしようもなくピュアだった。 「ツっくん」 馴染んだ声に振り向くと教室の入り口でにっこり笑って手を振る骸の姿が見えた。もっとも振り返るまでなく誰かなんて分かっている。俺のことをツっくんなんて呼ぶのは母さんか骸くらいだ。 「骸、いい加減ツっくんって呼ぶのやめろよ」 「クフフ、すいません綱吉」 机からカバンを取って骸のところへ戻る。片手で持った荷物は軽い。教科書はほとんど机に置きっぱなしだ。 「おまたせー」 俺のとは対照的に骸のカバンはずっしりと重そうだ。こいつは置き勉なんて思いつきもしないのだろう。家で勉強する必要がない頭をしているくせに律儀に毎日持って帰っている。揺れるくまのキーホルダーはこう見えて防犯ベルだ。ランチアさんに買って貰って小学生の頃からつけているのだが、俺はこれが使われているところは見たことない。ちなみにこのクマを手に入れてから今日までの間に骸が変態と遭遇した回数は既に両の手を越している。 「あ、六道くんバイバーイ」 「はい、さようなら」 キャイキャイと廊下を駆けていく女子に骸が穏やかに手を振って答える。確か骸のクラスの子だ。他にも数人に声をかけられ、そのたびに骸も笑って返事をする。その様子に毎度のことながら俺は安堵の溜め息を吐いた。 どうやら隣りのクラスでの骸の評判は上々らしい。骸がいじめられたことなんて一回もないが、それでも正直ボケボケの出来杉君なんてイジメにあってもおかしくないと心配していたのだ。 「あれ六道、もう帰るの?」 「あ、先輩」 おお、上級生とも親しくなったのか。良い事だ。 「この間はありがとうございました、雲雀先輩」 うんうん、頷いていた俺はその名前に凍りついた。 「ひ、ひば…!?」 「綱吉?」 よく見れば骸の前に立つ先輩はブレザーではなく、真っ黒い学ランを肩に羽織っている。その腕の部分には『風紀』の腕章。 「な、なんでお前雲雀さんと知り合いなんだよー!?」 気がつけば下校で騒がしかった廊下はシンと静まり返っている。生徒の姿はなく、居たとしても遠巻きだ。そのすばやさに思わず感心する。『触らぬ神に祟りなし。雲雀を見たら個人で逃げろ』並中に入って最初に先輩に教わることだ。 「なんでって……。えっと、先週の水曜日綱吉居残りだったじゃないですか。そのときに」 「それで何で!?」 「教室で綱吉を待っていたんですけどお腹空いちゃって。そしたらちょうど来た雲雀先輩がチョコレートをくれたんですよ。その節はご馳走様でした」 「別にいいよ」 ぺこりと雲雀さんに頭を下げてお礼を言う骸に俺は頭が痛くなる。 「骸!知らない人にお菓子貰っちゃ駄目って言ったろ!」 「で、でも」 「でもじゃないっ!」 しゅんと眉を下げて落ち込む姿に少し心が痛むが、ここで折れては骸のためにならない。というか『知らない人にお菓子貰っちゃ駄目』なんて男子中学生に言う台詞じゃないと思う。もう口がすっぱくなるほど言っているけど。 「ねぇ、ちょっと」 「ははいぃっ!」 割り込んできた低い声に俺は大変な人を無視していたことを思い出した。 「さっきから五月蝿いんだけど、きみ六道のなんなの?」 じっと見据えられた肉食獣の瞳にこくりと喉が鳴った。 「お、俺は骸の……」 幼馴染で、保護者で、友達で……。言葉にしたいのに声にならない。 「彼は沢田綱吉。僕の大切な幼馴染です」 雲雀さんから出る殺気なんて気付いていないように、骸がにっこりと穏やかに笑う。 「ふぅん。……なんだろう、気に食わないな」 「え」 「まぁいいや。噛み殺せばいいことだもんね」 ぼそりと呟かれた言葉を聞き返そうとした途端に銀の光が宙を舞った。 「うわぁああっ」 前髪を掠めたトンファーの存在に後ずさる。喧嘩はそれなりに得意だが並盛最強の人間に勝てるはずもないし、俺がしてきたのは基本的に奇襲だ。骸を連れて行こうとした奴に蹴りをかましたり、変態さんにアッパーで殴りかかったり。つまり襲われるのには慣れていない。 ヒュンと高い音を立てて振り下ろされる凶器に思わず目を閉じた。 (避けられない!) せめてダメージを減らそうと頭の前で手を交差させる。 パシッ 「………あれ?」 いつまでも来ない攻撃にいぶかしみ目を開けると、横から伸びた腕がトンファーを掴み留めていた。 「骸?」 「六道?」 骸はトンファーの先を掴むと雲雀さんの手から奪う。そして腰に手を当て人差し指を立てた。 「雲雀先輩めっ!です」 「……はぁ?」 「綱吉を苛めちゃ駄目です。雲雀先輩は良い人なのにそんなことしたら誤解されちゃいますよ」 不機嫌ですと言わんばかりに眉を顰めて小さな子に言い聞かせるように言う骸に、いつのまにか雲雀さんの殺気は消えている。 「やっぱりいいね、面白い」 しばらく骸を見つめていたかと思うと、にやりと笑ってトンファーを降ろす。 「六道、今度応接室においで。チョコレート用意しといてあげる」 「はい、ありがとうございます」 あ、これすいませんでした。トンファーを返して骸がホワホワと笑う。 「じゃあね」 ひらりと学ランの裾を靡かせて去っていく後姿を見て、俺は廊下にへたりこんだ。 「な、なんだったんだ……」 「わっ綱吉大丈夫ですか!」 心配して覗き込む骸を見るとふつふつと怒りが湧いてくる。 「お前なぁー。なんであんな風に動けるなら、自分が危ないときに動かないんだよ」 勢いよく振り下ろされるトンファーを受け止めることが出来るくせに、どうしてそこらの変態を撃退することができないのか。そう言うと骸はその長い睫をぱちぱちと動かした。 「僕は危ない目にあったことなんてありませんよ?だって綱吉が守ってくれますから」 こてんっと首を傾げてそう微笑む骸に俺は言葉が出なかった。 「はぁ……」 文句とか言いたいこととか沢山あったけれどなんだかもう面倒臭くて、とりあえず深い溜め息を吐くのに押さえた。 (このピュアっ子が!) |