お医者さまでも草津の湯でも


「むぅくぅろぉ〜」

 ソファに座っていると綱吉が抱きついてきた。首に腕を回され擦り寄られる。髪が首に当たってくすぐったい。

「綱吉君?どうしたんですか?」

 珍しい。言外に滲ませながら尋ねる。綱吉から抱きついてきてくれるなんて本当に珍しい。思わず顔がゆるむ。その間も綱吉はすりすりしてる。ああ、かわいいなぁ。頭に手を乗せ撫でるとさらにぎゅっとしがみついてきた。どうしよう、何このかわいい生き物!?

「本当に、どうしたんですか?」

 ああ、駄目だ。顔がにやける。触れている部分が熱を帯びる。暖かい。綱吉は眠そうな顔をして骸にしがみついている。このまま眠ってしまいそうだ。子供体温だなぁ。そう思いながら髪を梳く。

「ん、うつそうとおもって」

 髪を梳かれる感覚に目を細めながら綱吉が答える。うつそう?映る写る移るうつる?嫌な予感がして額に手を移すと温かい。ていうか熱かった。子供体温とかそんなレベルじゃない。

「ちょっと綱吉君!?あなた熱があるじゃないですか!」

 慌てて巻きついていた腕を引き離し綱吉の様子を見る。そういえば顔が赤いし眼も潤んでいる。正直その姿にぐっとくるものがないわけではないが、理性で押し留める。

「ん〜?うん」

 こてん、首を傾げて頷く。かわいい。かわいいけど結構やばいんじゃないだろうか。

「風邪ですか?風邪ならこんなところにいないで早く寝ないと・・・」
「むくろにうつすからへいきー」

 ずるずると腰にしがみつかれる。ふにゃりと笑う顔が愛らしい。

「うつすって・・・」
「かぜはひとにうつすとなおるっていうだろー?」

 それは迷信だと思うのだが。単にうつした相手が発症する頃には本人は直っているというだけだろう。うつしたところで被害が広まるばかりで益は無い。そう言っても綱吉の気は変わらないのかうつしてやろうとすりすりしてくる。

「本当にうつったらどうしてくれるんですか」

 看病してくれるんですか?呆れながらも綱吉が看病してくれるのなら風邪をひいてもいいかなと思う。重症だ。そして綱吉はたぶん骸の看病などしてはくれないのだ。

「ん、だってむくろはかぜなんかひかないだろ」

 疑いもしていないその口ぶりに言葉が出ない。もしかしなくても貶されているんだろうか。というか、風邪を引かないと信じている相手に風邪をうつそうとしてどうするんだろう。

「あの、綱吉君?それ矛盾していること気付いていますか?」
「ん〜、ん?」

 尋ねてみてもすりすりするばかりで答えはない。一体どうしろというのだろう。
 そういえば犬も風邪を引いたときはこうやってくっつきたがったのを思い出す。犬は馬鹿だが夏風邪を引くタイプの馬鹿だ。あの千種でさえ、風邪を引いたときは少し甘えてきたような気がする。風邪を引いたときは人恋しくなるものなのかもしれない。骸にそういう経験はなかったから分からないが普通はそうなのかもしれない。骸は体調を崩したときはいつも一人で過ごしてきた。弱っているところを見られるのなんてごめんだった。それでも触れたいとそう思うのならそれはきっと・・・。

「むくろのては、つめたいなぁ」

 綱吉の熱い手が骸の骨ばった手を握る。少し冷え性の気がある骸の手は常人より冷たい。熱のある綱吉と比べたら言うまでもない。

「つめたくてきもちいい」

 綱吉が笑う。何故かその言葉に救われた気がした。何を救われたのかも分からない。そもそも骸は救われたいなどと思ってはいない。それでも、救われているのだろう。望む望まないに関わりなく、否応なく。そしてそれはきっとこれからも。

「綱吉君、ちゃんと布団で寝ましょう?ずっと傍にいてあげますから」
「ん」

 要求に従って抱き上げると少しふらついた。なんだかんだいってもそれなりの重さはある。

「僕が風邪を引いたら責任をとってくださいね」

 人恋しくなる気持ちが今なら分かる気がした。



*****



「ごほっごほっ」
「お前でも風邪引くんだなぁ」

 感心したように綱吉が呟いた。手には薬と水を持っている。

「だ、だれのせいだと・・・!ごほっ」
「じゃあ、俺、出掛けてくるから。ちゃんと薬飲んで寝とけよ」
「ちょっまっ・・・!」

 ばたん。しかし無情にも扉は閉められる。

「・・・・・・ひどい」

 予想と違わない現実にいっそ泣きたくなった。


治せぬ病は



novel



2007/12/16