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いつか僕を見失う貴方へ

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「おや」

コンビニからの帰り道、あんまんを頬張りながら綱吉の少し後ろを歩いていると、何かが地面に落ちたのが見えた。灰色のアスファルトの上に音もなく落ちたのは薄いブルーのハンカチのようだった。
「落としましたよ、綱吉君」
おそらくポケットからこぼれ落ちたのだろうそれを拾い上げ、僕は綱吉に声をかける。
「あ、あれ?ほんとだ!」
ありがとーと微笑みながら綱吉はそれをぞんざいに再びポケットに突っ込んだ。動作が雑なものだからハンカチはポケットから1/3ほどはみ出してしまっている。これではまた落とす日も遠くはないだろう。
「ほら、ちゃんとしまいなさい。まったくそんなんだから落とすんですよ」
「いやいや!落としてないよ。骸が拾ってくれたもん」
胸を張り、にんっと笑う姿に僕は呆れて溜め息を吐く。
「僕がいなかったら落としたことにも気づかなかっただけでしょう。だいたい君は注意力が足りません。この間も携帯を落としたばかりでしょうに」
「えー、あれだってすぐに見つかったじゃん」
とうとうと諭すと綱吉は子供のように頬を膨らませる。寒さでリンゴ色に染まった頬を膨らます様子は小さな子供のようだ。体温が高いのか膨らませた頬から漏れる声は白く染まっている。
「あれは見つかったんじゃなくて君の忠犬が見つけてきたんでしょう」
綱吉はすぐに物を忘れるし無くす。
注意力が足りないのだろうか。骸にはよく分からない。だってさっき持っていたはずのものですら無くすのだ。
消しゴムやシャーペンといった小さな物から財布や携帯電話などの貴重品、時には制服のブレザーをどこかに忘れてきたこともある。
あまりにひどいからいじめでも受けているのではと疑ったが、そんなことをあの忠犬や腹黒が許すはずもない。骸自身も軽く調査したが、どう見ても彼の自失だった。
「きみ、そんなんじゃいつか大事なものをなくしますよ」
溜め息を吐きながらそう忠告すると、綱吉はパチパチとまばたきをした。
「えーだいじょうぶだって!大事なものならなくしてもいずれ出てくるでしょ」
骸ってばシンパイショーと綱吉はくすくすと笑う。まったく反省していない態度に骸は再びため息を吐いた。
確かに綱吉の言うとおり、彼はよく物を無くすけれど、それらはいつもしばらくすると出てきた。誰かが届けてくれたり、タンスの裏から出てきたり。
骸にはそれが信じられない。いくら日本が治安が良いとはいってもそんなものなのだろうか。
イタリアでは物をなくしたらまず返ってこない。なくさなくてもちょっと目を離すだけでスリや置き引きに持っていかれてしまう。なくしたらもう二度と戻らない。
だから骸は基本的に大切な物は持たないようにしていた。だって最初から持っていなければ失うことはない。
それでも、そういう風に生きていても、気が付けば手の中には手放し難いものばかりだというのに。
骸はそれらを途方にくれながらも必死に握りしめて生きている。綱吉のようには生きられない

「きっといつか君はそうやって僕のことも見失ってしまうんでしょうね」

負け惜しみのように呟いた声は予言のような響きを持って冬の乾いた空気に溶けた。
「んー?なんか言った?」
くるりと振り向いた綱吉になんでもないと首を振ってみせる。綱吉と違って骸の体温が低いせいなのか、溜め息は白い煙さえ残さず消えた。それを見ながらぼんやりと思う。
きっといつか、僕もこんな風に彼の前から消えるのだろう。





――なんて、思ってた時期が僕にもありました。

「あ、骸めーっけ!」
唐突に戸が開け放たれる。
「なんで!?」
戸の向こうに見えた人物に骸は顔をひきつらせた。
綱吉と些細な意見が食い違い、このままでは仕事の効率も落ちてしまうと気分転換がてらにボンゴレの屋敷を出たのが二時間前のことだ。
いや、喧嘩じゃないですよ?意見の食い違いです。大人ですから喧嘩なんかしないし、ましてや拗ねてなんていないですよ?
とりあえずとばかりに骸は街を歩き、このあいだ見つけたばかりのレストランに向かった。地下に設けられたそこは簡素な壁で小さな部屋のように区切られている。周りから見られることのないという点で企業のトップや芸能人などから人気らしい。骸も誰にも会わないところでゆっくりと食事でもして心を落ち着けようとしたところだった。
「な、なんでここが……」
だって誰にも言っていないのだ。骸自身ここに来るのは二回目で、まだクロームたちにすら此処の存在は教えていない。此処に来るまでで骸を尾行している物だっていなかった。地下だし個室だし、見かけたということもありえない。
「なんでって、なんとなく?」
もう良い歳だというのに、綱吉は可愛らしく首を傾げてへにゃりと笑う。彼はそのまま部屋に入って、勝手に骸の正面に腰掛けた。
「あ、あの、お客様……」
「ああ、大丈夫!これは俺の連れだから!」
他の客のところに乗り込んだ彼に対してオロオロと注意する店員に綱吉はにっこりと威厳をもった微笑みを浮かべる。別名ボススマイル。基本的に幹部には効かないが獄寺とファミリーたちには有効な綱吉の必殺技だ。
「取り敢えず俺にも彼と同じものを」
綱吉はそのまま店員に注文している。その自由すぎる行動に、もはや骸は何も言うことができない。彼の微笑みの力かそれとも渡したチップのせいか店員が心酔したような表情で頭を下げて部屋を後にした。あの様子では注文はすぐにくるだろう。まったくこんなところで信者を増やしてどうするつもりなんだか。
深く溜め息を吐くと綱吉がくすりと笑う。
「ああ、なんで分かったかだっけ?どこにいたって分かるよ。俺が骸のことを見失うはずないだろう」
超直感マジ便利!と綱吉は親指を立てて見せた。ぱくぱくと酸欠の金魚のように口を動かす骸に彼は更にからからと笑う。
そうこうしている間に店員がシャンパンを持ってきた。サービスらしい。
「はい、じゃあ乾杯!」
「くふふ……かんぱーい……」
乾いた笑みを浮かべて骸は綱吉とグラスを鳴らす。もう骸は笑うしかない。

……いっそちょっとくらい見失ってほしいと思うのは我侭なのだろうか。

遠い眼をしてかつてのセンチメンタルに思いを馳せる。いっそあのころが懐かしい。
超直感の持ち主に愛された彼にひとりの時間の予定はいまのところ、ない。

novel


2012/01/16