「好きだよ」

 そう告げるとジェイドはどこかおどけるように眉を上げた。この男の動作はいつもどこか演技臭い。

「私もですよ。ルーク」

 やわらかい色を映す紅の眼とその言葉に満足して俺は笑い返す。ジェイドの動作も表情も嘘臭いし、事実嘘吐きだ。しかしジェイドの瞳、それだけは素直だ。そのことに気付くまではジェイドの気持ちが分からなくて一人焦燥を抱いたものだったが、気付いてしまえばジェイドはとても分かりやすかった。もっともそのことに気付くこと自体が難しいのだけれど。

「ねえ、いつ俺がジェイドのことを好きになったか分かる?」

 ベッドに腰掛けたまま腕を伸ばせば、手袋で覆われた白い手が迷いもなくそれに触れる。
「いいえ。特に好かれるようなことをした覚えもありませんし。むしろ恨まれるようなことばかりしてきましたからね。私はあなたに」

 やっぱり、そう思ってた。そう笑って腕を引けば何の抵抗もなくジェイドが倒れてくる。

「あのね、俺がジェイドのこと好きになったのはね」

 掴んでいない方の手で薄い茶色の髪をつまみ、口付ける。

「ダアトで俺に『死んでください』って言ってくれたからだよ」

 白磁の顔が固まる。本当に焦ったり驚いたりしたとき、ジェイドの顔からは一瞬表情が消える。それは雄弁なはずの瞳も同じだ。まるで処理能力を越えた譜業人形のように整った顔が凍る。

「…どうしてですか」

 そして次の瞬間には造り上げたその場に相応しい仮面をかぶるのだ。これはどうやら無意識のようで俺はこれを見るたびに人間になりたがった人形の物語を思い出す。そして俺は人になりたがるジェイドが嫌いではなかった。だってそれは愛だ。そこに居たいという愛が人形を変える。

「ジェイドの言っていることが正しかったから。ジェイドは正しいから、ジェイドといれば俺も正しく在れる」

 罪が消えないなら。購いなど意味を持たないのなら。もう俺に出来ることなど、間違えないことだけだ。

「正しい?さんざん過ちを犯し続けてきた私が?」

 顔を歪めてジェイドが笑う。その自嘲の笑みはひどくジェイドに似合っていた。潔癖で、神経質な、人間らしい歪んだ表情。

「ジェイドは正しいよ。いつだって正しくあろうとしてる。自分が間違えたと気付いてからは、大多数の正義に従ってきただろう?」
「大多数の正義、ですか?」

 そう尋ねるジェイドの声はどこかかすれていた。風邪でも引いたのだろうか。

「うん、大多数の正義。みんなに、世界にとって正しいこと。ジェイド、俺はそれが欲しいんだ」

 これ以上、間違わない為に。みっともなく逃げない為に。ジェイドの手を取り、そっと俺の首に導く。手袋の布が咽仏に触れた。

「ルー、ク・・・?」

 能面のような顔の中で瞳の赤が揺れる。

「ジェイド大好きだよ」

 意識して口の端を上げる。だって笑うべきだ。これは正しいことなんだから。

「だから、ジェイドは間違わないでね」

 間違わずに俺を殺してね。首に当てられた白い手の上に、俺の真っ赤な手を乗せて力を込める。

「かはっ」

 自分でしたこととはいえ、咽を押さえつけられたせいで咳が洩れた。不快で苦しい。当然だ、俺はまだ生きているんだから。俺はまだ生きてなければならないのだから。

「、ルーク!!」

 俺の手を振り払ってジェイドが離れた。俺はそれを追うようにして身を起こす。

「ルーク、私は貴方に死んで欲しく・・・っん」

 何か告げようとしたジェイドの言葉を遮るように、俺はその唇に噛み付いた。優しい嘘なんて聞きたくなかった。欲しいのは正しい真実だけだ。



右手に剣、左手に天秤

 なぁジェイド、俺が死ぬのは正しいことなんだろう?


novel


07/12/30 ブログ
08/05/26 加筆up