これはきっと絶望ですらない




「ごめんね、京子ちゃん。他に好きな子ができたんだ。だから……」

 さよなら

 口にした言葉は案外ちゃんとしていて、それにひっそりと安堵する。もっと動揺してしまうかと思っていた。俺も随分と演技力が付いたものだ。嘘が上手くなったものだ。

どうして、
 彼女の口が音も無くそう動くのが見えた。ぽろりと涙が零れたのを見て、俺は思わず抱きしめたくなった。キスをしたくなった。

 ああ、一体誰がこの可愛い人を泣かすなんてことをしたのか!俺がぶん殴ってやる!
 もちろん犯人は俺だった。
 俺は俺を殴りたかった。辛いことや悲しいことからこの娘を守ろうと心に決めたのは何だったのか。今、俺が彼女を泣かしている。

 でも、どんなに抱きしめたくても。キスをしたくても。俺は彼女に手を伸ばすことさえ出来ないのだ。

「ごめんね」
 好きだよ。

「ごめんね、京子ちゃん」
 大好きだよ。

 触れられない指の代わりに、せめて言葉を紡ぐ。何の救いにもならない言葉を。



 ああ、今までありがとう。愛しい人よ。貴女と過ごした二年間はまるで夢のようでした。
「ツナ君」と呼ぶ声が好きでした。「ツっくん」と呼ばれて天にも昇る思いでした。
 しあわせにしたいと思ったよ。できることなら君としあわせになりたいと。
 でも俺はイタリアに行きます。
 一年後、卒業と同時にイタリアに渡るとリボーンから告げられて、まず貴女と別れることを決めました。
 優しい貴女のことだから、きっと直前に言ったのでは気付いてしまう。だから一年の余裕を持って別れることにします。
 どうかこの国でしあわせになってください。
 血や硝煙の匂いのしない、普通のしあわせを掴んでください。

 俺のは今日、ここでおしまい。
 ああ、短くもしあわせな時だった。名残惜しいが仕方があるまい。だってきっとこんなもんだろ?

「ばいばい」

 それではさよならお元気でもう会うことはないでしょう。
 ばいばい、俺のモラトリアム。





さよならモラトリアム



novel


2009/4/1