僕らは理性で恋をする






「骸、大好きっ」
ぎゅっと腕に抱きついて、にっこり笑う。
「僕も愛していますよ、綱吉」
俺の方に顔を向けて、骸はきれいな笑みを浮かべた。そっと頬をなでる指は冷たい。その手を払いのけたくなるのを、ぐっとこらえて俺は微笑む。顔はひきつっているだろう。一方、骸はきれいなきれいな完璧な笑みを作っていて、さすがだなぁなんて思う。きっと端から見ればラブラブな恋人同士にしか見えないだろう。
「くふふ、髪に寝癖が付いていますよ」
「えーいいよ、もうなんか今更だし」
「駄目ですよ。ほら、こっち向いて」
骸は頭を固定すると、あっちこっちに飛び回る髪を手櫛で梳かす。頭を撫でられているようなその感触が、気持ちよくて気持ち悪い。
一通り梳かし終えると、骸の視線が俺の首筋に落ちた。ちりりとした殺気を感じて、俺は口を開く。
「えへへ、ありがとっ」
そう言ってぎゅっと抱きつけば、殺気はもう感じない。胸に顔を埋めてしまえば、ひきつった笑顔も見られなくて済む。



俺は骸を愛している。そういうことになっている。
大好きという唇はひきつって、触れられれば鳥肌が立つし、目にするだけで背筋にぞわぞわ悪寒が走る。
骸に抱きつくくらいなら虫に抱きつく方がマシ。
つまり俺は生理的に骸が嫌いなのだ。
どうしてなんて、生理的嫌悪に理由はない。駄目なものは駄目なのだ。
だから俺は愛をささやく。

骸は俺を愛している。そういうことになっている。
微笑む笑顔は作り笑い。触れられれば首を絞めたいし、目にするだけで苛立ちが増す。
殴りたくて、切りつけたくて、泣かせたくて、殺したい。
骸はマフィアを憎んでいる。仕方ないと思えるような理由も持っているけれど、今となってはそれは関係ないのだろう。憎いから憎んでいるのだ。もうそれが原因で理由で結果になってしまっている。人体実験をするようなマフィアがいなくなったところで、骸はすべてのマフィアを憎みつづけるだろう。
つまり骸は本能的に俺が憎いのだ。
マフィアに関わる俺が憎くて、マフィアに関わらせた俺を殺したくて仕方がない。
だから骸は愛をささやく。

「愛してるよ、骸」
「愛していますよ、綱吉」

俺は骸を生理的に嫌いだし、骸は俺を本能的に憎んでいる。だけど俺は死にたくなかったし、骸も俺を殺すわけにはいかない。
だから俺たちは互いを愛することにした。
愛しているから仕方がないと、生理を本能を押さえる言い訳を作った。
骸は俺を殺さないために。俺は骸に殺す理由を与えないために。
生理的嫌悪なんて知りません。本能的憎悪なんて知りません。
だって愛していますから。
何よりも誰よりも騙したいのは自分自身。
まるで呪いのように愛をささやく。
好き好き大好き愛している。




*****




さてさて、馬鹿げた話をしてあげようか。
悲劇ではない。喜劇でもない。くだらなすぎて笑えもしないような、二人の馬鹿の話だよ。
あるところに、悪寒を堪えて愛を口にする馬鹿と殺気を押さえて愛を口にする馬鹿がいた。
ああ、本当に馬鹿みたいだと思わない?
そんなに嫌いなら一緒に居なければいい。そんなに憎いなら離れればいい。どうしても傍にいなくちゃいけない理由なんて彼らにはないんだよ。誰にも強制なんてされていない。彼らはやりたいからやっているんだ。
呆れちゃうね。やってらんない。だって彼らの言葉に嘘なんてないんだもの。口にする言葉は真実で、繰り返す様は祈りのよう。
まったく、誰か言ってあげればいいのにね。ああ、あまりにも馬鹿馬鹿しくて言う気にもなれないのかな。それとも誰か言えばいいと思っているうちに誰も言わずにきてしまったのかな。ふふ、じゃあ僕が言ってあげようか。
生理的嫌悪なんて、本能的憎悪なんて嘯いておきながら、それでも共に生きたいなんて。





「ねぇ、それって恋じゃないの」






novel



2010/2/22
2010/3/3UP