惨事のハニー





俺が骸と出会ったのは今から2年ほど前のことだ。
俺の一目惚れだった。
目にした瞬間恋に落ち、その日のうちに告白した。
顔を真っ赤に染めて、いきなり「好きです」なんて言った俺に、骸は目を見開いた。そりゃそうだろう、だって「はじめまして」すら言ってない。他人も他人、真っ赤っかだだ。しかも公衆の面前。普通驚く。
骸はきょとんと目を丸くしたあと、俺の頭のてっぺんからつま先までじっくりと眺めると鼻で笑った。
「ただの人間には興味ありません。二次元になってから出直しなさい」
「……はい?」
俺は言葉の意味が分からず固まり、骸はすでに興味を失ったのか手の中の小説に目を落とした。
「………」
俺たち二人の間に言葉はなかった。
しかし静かだったかというとそんなはずもなかった。だって何しろ公衆の面前。クラスメイトの目の前だ。突然の告白の上にその返事があれである。騒ぐなってほうが無理だろう。
その瞬間、クラスでの俺たちの位置が決まった。
新学期も新学期、入学式当日、誰もが互いの立ち位置を探る中、俺たちだけが確固として決まってしまった。
自己紹介直後に告白する大バカと二次元にしか興味のない残念な美人。
まとめて変人という認識でクラスの心は一つになった。
変人コンビ結成の瞬間である。いえーい。むしろ遺影。





「最近思うんだ。もしあのときお前がもっと普通に振ってくれたら、俺あっさり諦められたんじゃないかなぁ」
「そーですねー」
「お前が変な振り方するから俺もこう、二次元なんかに負けてたまるかって意地になっちゃったんだよ」
「そーですねー」
骸は俺の話を聞いているのかいないのか、ゲームに釘付けでこちらを振り向きもしない。おい、ここ誰の部屋だと思ってんだよ。ベッドの上でごろごろしやがって、襲うぞこんにゃろー。
「ちょっと、骸。聞いて……」
聞いてんの、と最後まで言うことは出来なかった。
「うるさい。黙れ。聞こえないでしょう!」
ひやりと氷のような声に俺は口をぴたりと閉じた。骸はそんな俺を気にもとめず、うきうきとゲームの世界に浸っている。
「くふぅ、良い声ですねぇ」
骸が今やっているのはBLゲーと呼ばれるものだ。BLの意味が分かるようになってしまった自分が悲しい。ベーコンレタスじゃないんだぜ?骸に好きになってからすっかり毒されてしまった。だって、しょうがないじゃん。好きな人の好みとか知りたいじゃん。共通の趣味とか欲しいじゃんーー!!でもそれがBLってどうなのーーっ!?
俺のそんな葛藤など気づきもせずに、骸は声優に萌え萌えしてる。

骸は幅広いオタクだ。
薔薇、百合、ノーマル。マンガにアニメに小説、ゲームもどーんと来い。むしろ恋。
それはまあいい。いや、よくはないけど。まぁ許せる。
俺が釈然としないのは骸の守備範囲に俳優や声優が入って言うことだ。
「二次元にしか興味ないって言ったくせに」
うっとりと声に聞き入る骸に俺は思わずそう頬を膨らます。
「声優は2.5次元です」
聞き捨てならなかったのか、骸がようやくこちらを向いた。
「こないだ俳優に萌えてたじゃん」
俳優はどう考えても2次元じゃないだろ。立体だろ。3Dだろ。
「あれは俳優本人ではなく、ドラマの役に萌えてたんです。ドラマも特撮も2.5次元、よってセーフです!」
「いや、むしろお前の生きざまがアウトだろ」
「いいんです、僕は二次元に生きるんです!フィギュアは3次元なんて詭弁僕は認めない。フィギュアもコスプレも分類するなら二次元でしょう!?」
「いや、しらねぇよ」
骸は熱く語ってくるが、俺にそんな情熱はない。むしろ引いた。どん引きだ。本当になんで俺、こいつが好きなんだろう。
「はぁ、相変わらずお前は二次元以外に興味はないわけね」
「当たり前でしょう」
呆れ半分、諦め半分でそう告げると骸はむしろ胸を張って答えた。
「あっそ」
俺は再び大きなため息を吐く。
なぁ、ほら綱吉。もう無理だろう。こいつが俺を好きになることなんてないよ。本人の言うとおり、やっぱり平面にならないかぎり無理だ。つまりは永遠に無理だ。
「いつか二次元に行けるといいな」
自嘲を含んだ投げやりな言葉。それでも骸はぱぁっ顔を輝かせた。
「ええ、いつか絶対行ってやります!」
楽しそうにそう話す骸を可愛いなぁと思いながら、俺はやっぱりため息をはく。たとえば俺が二次元になったなら、骸は宣言通り愛してくれるかもしれない。だけどそんなの意味ないだろう。俺が骸にふれられなきゃ意味がない。
「くふふ!もし僕が二次元に行くときは、綱吉くんも一緒にいきましょうね」
「え」
「だってせっかく二次元に行っても、語れる人が居ないんじゃ楽しさも半減じゃないですか」
突然のデレに目を開く俺に、からからと骸が笑う。
いや、これはデレ……なのか、な?
単に萌を語るあいてとして使われているだけな気もするけれど、そうだとしてもそれは俺じゃなくてもいいはずだ。骸は人に興味がない。骸が興味を持つ他人と言ったら、二次元の作り手(クリエーター)かオタク仲間(同士)だけだ。俺は何かを作ることはできないし、オタ知識だって骸といるうちに多少は付いたが、俺より詳しいやつなんてはいて捨てるほどいる。
これはもしかして、もしかすると、期待をしてもいいのかもしれない。
「しょうがないなぁ、骸を一人で行かせるのも不安だしね!」
ぜんぜん、しょうがないなんて思っていない声色で、がしがしと骸の頭をなでた。ああ、なんで。
「もうっ何するんですか!」
「あはは」
髪をぐしゃぐしゃにされて頬を膨らます骸に俺は笑う。
ああ、なんでこいつはこうなんだろう。
捕まえられない。諦められない。
三歩進んで二歩下がる?それがどうした。ちょっとずつしか進めないなら、その分根気よく歩くだけだ。
「好きだよ、骸」
「なんですか。今更」
もう何回目か忘れた言葉を口にすると、骸はいぶかしげに眉を寄せる。いつも通りの反応に俺はやっぱり笑ってしまう。
骸が俺を好きになるのと、俺たちが二次元に行くの、さてはてどっちが先だろうか。

とりあえず今は骸の髪の感触を楽しむことにする。
だってこれは三次元の特権だろう?




novel

2010/11/24