さよならまでの距離
純白のタキシードは思いのほか彼に似合っていた。馬子にも衣装ですね、なんて用意しておいた言葉を飲み込む。 「……似合っていますよ」 何と言えばいいのか分からなくて、そのままの正直な感想を告げた。 「そう、かな」 そのつもりは無かったが、彼は困ったように笑ったので、嫌味に取られてしまったかもしれない。 「こういうの、男は結構暇なもんだね」 少し気まずいのか、話題を探るように目を泳がつつ彼は話す。 「さっき、彼女に会ってきました。とても可愛らしいドレスですね。君が選んだんですか?」 「う、うん」 引きつった笑いを浮かべる彼を愛おしく思う。冷や汗もかいていそうだ。確かに自分の花嫁の下に愛人が会いに行ったと聞いたのだから、こんな表情をするのも無理はないかもしれない。 「彼女、とても綺麗でしたよ」 純白に身を包んだ彼女はとても美しかった。あまり親しくない僕の突然の訪問にも暖かな笑顔で迎えてくれた。結婚式の前という忙しい時間にも関わらずだ!幸福に満ちた微笑みは陽だまりのようだった。 きっと、青空のような彼に良く似合う。 彼女は幸せになるだろう。かつて世界の破滅を願った六道骸ですら、この幸福を壊そうなどとは思えなかったのだから。 「そっか」 骸の言葉にどこか後ろめたそうに、それでも照れるように彼が笑う。 そういえば、その心を表すように純白を纏った彼女は彼の母親にどこか似ている。 (ああ、このマザコンめ) 心の中でそう罵る。どこか泣きだしたいような、笑い出したいような気持ちだ。いっそ晴れ晴れしいような気もする。仕方がないと愛おしさを込めて苦笑した。 全てを許すような純真も、包み込んでくれるような甘さも、どちらも骸が必要ないと捨てたものだ。ここまで違ってしまうといっそ羨むことすらできない。 「でも、骸が参列してくれるとは思わなかったな」 骸の服装を見て彼は笑う。ありがとうと微笑む彼はどこまでも残酷だ。六道骸は普段あまりスーツを着ない。ファッションとして好みでないし、マフィアらしくて嫌だからだ。だからこそ、漆黒のスーツで身を固めた骸を見て彼はそう言ったのだろう。 「いいえ、折角ですが式は予定通り欠席させていただきます」 「え、じゃあどうして……」 どうして此処に来たのか。 「お別れを、言いに来ました」 僕の言葉にきょとんと目を丸くする。子供みたいな幼い表情。いけませんよ、マフィアがこんなに分かりやすくては。 「え、なんで。俺が結婚するから?」 「ええ、まぁそんなところです。ああ、安心してください。守護者の仕事のほうはきちんと今まで通り果たしますので」 本気で驚いている様子が少し笑える。常識人に見えて相変わらず彼はどこか抜けている。結婚を期に関係を整理するなんてよくある話だ。むしろ本来ならば彼のほうから言うべきことだろう。 「なんで。結婚したって俺と骸が別れる必要なんてないだろ」 彼の中では結婚と骸との関係は別次元にあるらしい。そもそもピロートークで彼女との進展を僕に相談するなんていう無神経な行為をする彼だから、それも当然なのか。 彼は彼女を愛しているし、僕のことも愛している。 時折嫉妬を抱くこともあったが、僕もそれを一応納得していた。 彼が結婚しようと僕らは変わらないと、僕もそう考えていたのだ。 そう、相手が彼女でなければ。 「君は彼女を幸せにしなければいけない」 「うん」 「君も幸せにならなくてはいけない」 「うん」 当然とばかりに彼が頷く。なのに何故分からないのだろう。 その幸福に六道骸の影など邪魔なだけなのに。 「でも、それと骸と別れるのは……」 「万が一にも、その幸福に陰りをもたらすようなことはあってはならないんですよ」 骸と正反対の彼女なら平凡な幸せを彼に与えてくれるだろう。 マフィアなんてものに関わらなかったら、彼が手に入れていたはずのもの。 骸には与えられないもの。 ならば守ろう。その幸せが壊されないように。 彼が誰よりも幸せになるように。 しあわせに しあわせに しあわせに、 彼には陽だまりの中が似合うのだから。 「だから、こうして二人で会うのはこれが最後です」 笑え。ほら、笑え。 彼は優しいから僕が少しでも悲しそうな顔をしたら、放してくれないだろう。 だからほら、笑え。 この漆黒のスーツは喪服だ。彼の愛人だった六道骸は今日で死ぬ。僕が殺す。 「今まで、ありがとうございました」 困惑した表情の彼の指をそっと手に取りひざまづく。そして指輪に忠誠のキスをした。唇にすることはもう二度と出来ない。温度の無い石の感触に目を瞑った。 目を開けて、次に言う言葉もちゃんと決めてある。 「結婚おめでとうございます」 ちゃんと笑って言えるだろうか。 |