スクアーロ先輩の災厄な日々!



ケース0.始まりは突然に!

「ああ?」
 報告書を持ってドン・ボンゴレの部屋を訪れたスクアーロを迎えたのはその部屋の本来の持ち主ではなかった。
 青みがかった髪、独特の分け目、人の部屋で堂々とくつろいでいる。ああ、確か男のほうの霧の守護者だ。
 守護者の中でも特に関わりのないその男の名をスクアーロはなかなか思い出せなかった。なんという名だったろう。なんとなく不吉なイメージはあるのだが。
「おや、君は確かザンザスの・・・」
 どうやら相手もこちらの名を覚えてはいないようだ。関わりが薄いのだから当然ともいえる。
「スクアーロだ」
 短くそう告げると相手は思い出したのか頷く。
「綱吉君なら今居ませんよ。すぐ戻ってくると思いますけど」
 男はちらりとスクアーロを見てそう言うと興味を失くしたように視線を手元に戻す。手元には紅茶のポットが握られている。その指にある指輪を見てようやくスクアーロは男の名を思い出した。
 ああそうだ。たしか骸というんだった。
「待たしてもらうぞぉ」
 一言骸にそう告げて向かいのソファに腰掛ける。
 用意されているカップは二つ。骸が言ったとおり綱吉はすぐ戻ってくるだろう。だったら出直すより待ったほうが早い。そう判断した。
 骸はスクアーロの行動を見届けると少し眉を顰めた後立ち上がり隣りの部屋へと立ち去った。
 一緒に居たくないということだろうか。特に嫌われた覚えもないのだが。別に骸に興味はないが理由も無くそんなことをされるのは気分のいいものではない。
 しかしスクアーロの予想とは裏腹に骸はすぐ戻ってきた。手には新たにカップを持っている。
「紅茶でいいですね?」
 決めつけるようなその言い草には少し思うところが無くもなかったが、なによりまさか自分の分を淹れてくれるとは思っていなかったので驚いた。
「お、おう」
 驚きに上ずった声が出る。しかし返事も聞かないうちに、骸は紅茶を注いでいた。


 ドカーン!!・・・がちゃん


 大音量がしてビリビリと空気が振動する。
 しかしスクアーロが驚いたのはそれに対してではない。こんなことは此処では日常茶飯事だ。
 どうせまた嵐の守護者あたりだろう。
 それよりも目の前でした音のほうが重要だった。
 いまの音に驚いたのだろうか。骸の手の中にあったはずのカップはテーブルの上で無残な姿になっている。
 零れた紅茶がテーブルと骸の手の上で湯気を立てている。それを見て(ああ、紅茶は熱湯が基本だからな)とぼんやり思った。
「・・・驚きました」
 ぽつりと呟かれた声にスクアーロはふと我に返った。
「う゛おおい!何やってんだ!」
「すいません。かかりましたか」
 悪びれもせずに骸が言うがスクアーロが言いたいのはそんなことじゃなかった。
「何ぼーっとしてんだ!ヤケドすんだろうが!!」
 紅茶を被ったままの骸の手をそばにあった布巾でぬぐう。白い手がまだらに赤くなっているのを見つけて思わず舌打ちをした。
 無理矢理手を引き水道まで連れて行き冷水をかける。
 その間骸はされるがままだった。
「切ってねぇか」
「あ、はい」
 きょとんとしたまま答える骸に、それでも確認するように手に指を滑らせた。その間も流れ落ちる水が冷たい。
 触れてみて気付いたがこの男は異様なほど肌が白い。黄色人種の肌ではあるのだがその色は不健康なまでに白い。ずっと水の中に居たらしいのでそのせいかもしれない。それでも握る手は固く、同じく術士であるマーモンのものとはかけ離れている。まあ、そもそも赤ん坊と青年の手を比べること事態間違っているのだが。
 ちらりと骸に目を向ければオッドアイと目が合った。
 赤と青が相反する色でありながら一つの顔の中に行儀良く納まっている。

 規格外だな。

 そう思った。自分の銀髪も大概規格外だと思うが、この男はそれを超えている。
 そうやってじっと観察しているとクスクスと笑い声が聞こえた。
「なんだか貴方って先輩みたいだ」
「先輩?」
 まるで幼子のように骸が笑う。
「僕が小さい頃面倒を見てくれた人です」
 その様子が余りに楽しそうで嬉しそうだったのでスクアーロはつい絆された。もともと子供には比較的甘いほうだ。それが身内ならなおさら。
「ま、まあ。先輩って呼びたきゃ呼んでもいいぞぉ」
 照れながらそう言うと、にっこりと無邪気そうな顔で骸は笑った。


*****


(どうしよう)

綱吉は悩んでいた。
ドアの向こうで繰り広げられている会話は一見とても可愛らしい。ほのぼのする。
しかし綱吉はほのぼのなんて出来なかった。
だって綱吉は骸を知っている。骸の言う先輩が誰を指すのか知っている。
(どうしよう・・・!ランチアさんはそいつに操られたうえ、口封じに殺されかけたんですよって言うべきか!?教えてあげるべきなのか!?)

綱吉は悩んでいた。
いっそ聞かなかったことにしては駄目だろうか。

(めでたく、鮫は玩具に認定されました)

2008/2/22 萌茶









ケース1.手間暇かけるのも愛ゆえです!

(・・・最近、骸様の機嫌がいい)
 それは別にいい、主の機嫌がいいのは千種にとっても喜ばしいことだ。
だが最近の主の笑顔にはどうも見覚えがあった。・・・ランチアのところに潜入していたときの笑顔に似ている。

(嗚呼、どうやら骸様は新しく玩具を見つけたらしい)

*****

「あ、スクアーロ先輩!」
 任務帰りらしいスペルピ・スクアーロを見つけて骸が駆けていく。その姿は飼い主を見つけた犬、・・・・・・に見せかけて実はネズミを見つけた猫だ。
「お帰りなさい!任務はどうでした?怪我とかしていませんか?」
「お、おう平気だ」
 いかにも心配してます!という風に眉尻を下げて見つめる骸にスクアーロは照れながら返事をする。
「そうですか、良かったぁ」
 にこぉっと無邪気な笑みを浮かべて骸が笑う。顔が整っているので似合うが、千種には寒気しか浮かばない。あんな風に笑うのはいつだって怒っているときか何か企んでいるときだ。
「先輩!先輩!僕、お菓子作ったんです。良かったら食べて貰えませんか?」
 幼い子供のように無邪気に笑いながら骸が袋を取り出す。それを見てスクアーロがそっと目を細めて笑った。
 騙されている。知らないっていうのはなんて幸せなことなのだろう。
「ああ、いいぞぉ」
 黒い手袋に包まれた指が黄色いクッキーをつまむ。そして口に入れた瞬間スクアーロが固まった。
「どうですか?」
 にこにこと骸が笑う。ああ、楽しそうだ。
「あー・・・、お前これ・・・」
「はい!」
 にこにこと笑う。
「・・・・・・・・・」
 にこにこと。
「・・・・・・・・・・・・・・・なんでもない。旨かったぞぉ」
 何かに根負けしたかのようにスクアーロがうなだれてそう言った。
「良かった!また作ってきますね!」
「お、おう・・・」
 一見、ほのぼのとした雰囲気の二人を見つめ千種は思う。
(一体クッキーに何が入っていたのだろう)
 骸のことだから何が入っていてもおかしくはない。

「大丈夫。今回は砂糖の代わりに塩を入れただけみたいだよ」
 声に振り向けば、いつの間にか沢田綱吉が隣りにいた。綱吉もまた二人を見ている。千種と違うのは綱吉は微笑ましそうにしていることだ。
 綱吉の手にはさっき骸がスクアーロに渡したものと同じ包みがある。
「ん、千種も食べる?」
 そう言って綱吉は自分も一枚口にする。ばりばりと食べられている以上、おそらくこちらは普通のクッキーなのだろう。
(ボンゴレにはまともなのを渡したのか・・・)
 つまりわざわざノーマルバージョンと塩バージョン2種類作ったのだろう。
「・・・・・・止めなくていいの?」
 あれでもスクアーロはヴァリアーの幹部だ。骸の玩具にするのは不味いのではないのだろうか。
「んー、骸が楽しそうだからそれでいいかと思って」
 あははと何かを悟ったような綱吉の笑顔に思わず千種は遠くを見た。
 今回のことでさらに骸に気に入られた(玩具認定された)スクアーロに思わず同情を寄せる。

 それでも、
「まぁ、そうだね・・・」
 それでも、結局千種も骸が楽しいならばそれでいいのだ。


(千種から見た彼ら)


2008/5/10 萌茶









ケース2.好き嫌いはなくしましょう

 スクアーロは困っていた。

 目の前には最近やたらと懐いてきているボンゴレの霧、六道骸。そして、更にその前にはジャポン産の発酵食品。
「はい、あーんしてください」
 にっこりと笑う六道骸の姿にスクアーロはどうしてこんな事態になったのか思い出していた。

*****

「スクアーロ先輩っ」
 任務から帰還して、ボンゴレ本邸の廊下を歩いていたスクアーロを、弾んだ声が呼び止めた。振り向けば六道骸がこちらにひらひらと手を振っている。漆黒の細身のスーツの似合う美貌の青年だが、その動作はどこか幼い。
 六道骸はスクアーロのことを先輩と呼び慕う可愛い同僚だ。スクアーロはヴァリアー、骸はボンゴレ十代目の守護者なので、正確にいうと同僚というのも違うのかもしれないが、まぁヴァリアーもボンゴレの部署なのだし一緒のようなものだろう。
 わざわざあまり接点のない相手を構うほど、スクアーロはお人よしでもおせっかいでもないつもりだが、それでも純真な笑顔で「先輩、先輩」と懐かれれば悪い気はしない。結局、なんだかんだと面倒を見てしまっている。
 六道骸の名前はマフィア界では有名だ。復讐者の牢からの脱獄、前例のない出所、天下のボンゴレの守護者をしていることも骸の名を広めている。また、最近では『マフィア潰しの六道』なんて二つ名まであるらしい。噂の範囲内でだが、スクアーロもその凄惨な過去の一部を知っている。
(まぁ裏社会に居る以上、そんなの同情する理由になんてならねぇがな)
 しかし、実際に目の前でにこにこ笑う姿を見ると、とても信じられない。そして、同情なんてしないと思っておきながら、その過去と笑顔のギャップに、着実に絆されていることにスクアーロは気付いていない。
「おかえりなさい、スクアーロ先輩」
「おぅ、」
 スクアーロを迎える言葉に年甲斐もなく、なんだか照れる。もちろん『ただいま』なんて言えるはずもない。
「そうだ、先輩に聞きたいことがあったんですよ。いいですか?」
「おう、なんだ」
 ぱん、と両手を合わせて話し出す骸の様子に、微笑みそうになるのを必死で堪える。懐かれてへらへらしているなんて、他の奴らに見つかったら恥ずかしすぎる。
(しっかし、本当にこいつがあのマーモンを倒せたのか?)
 純真そうな骸の雰囲気に、思わず疑問に思ってしまう。マーモンは見た目こそ赤ん坊だが、かなりの術者だ。しかも精神年齢では骸より年上のようにも感じる。
 そんな風に思うスクアーロは、霧戦を見ていない。そのときはディーノに拾われて治療中だった。骸の霧戦での容赦ない攻撃を見ていないスクアーロは、彼の被っている猫にも気付かない。
「あの、スクアーロ先輩は嫌いな食べ物ってありますか」
 身長はそれほど差がないはずだが、上目遣いで骸が言った。その言葉に一旦思考を中断させる。
 ……嫌いな食べ物ねぇ。
 基本的にスクアーロに嫌いな食べ物はなかった。肉も好きだし魚も好きだ。野菜だって別に嫌いじゃない。甘いものも食べるし、辛いものも食べる。
「あー、特にないが、前に日本に行ったときに出たナットーだけは食えなかったな」
「へぇ、そうなんですか」
 骸の瞳がキラリと光ったように見えたのはきっと気のせいだろう。
 そのときはスクアーロ先輩にも食べられないものってあるんですねぇと笑う骸を小突いておしまいだった。
 まさかこの会話が後々こんな場面に続くなんて誰が予想できただろう。少なくともスクアーロは予想できなかった。

*****

「はい、先輩あーんしてください」
 にっこりと笑う骸の手には納豆の乗ったスプーン。
「嫌いなものは克服するべきだと思うんですっ」
 そう何匹も猫を被ってスクアーロに詰め寄った骸は、いま嬉々としてスクアーロの口に納豆を詰め込んでいる。結局は食べてあげてしまう辺り、スクアーロもお人よしだ。
「しかし、骸もよくやるよなぁ。あいつだって納豆苦手なくせに」
 骸のおねだりで取り寄せた水戸納豆のパックを、綱吉は二人の様子を眺めながら練り続ける。百回だか千回だか忘れたが、よく練るとさらに美味しくなるらしい。それを考慮しつつ、適当なところで切り上げて口に運ぶ。
「こんなに美味しいのになぁ」
 楽しそうな恋人と死にそうなその玩具を眺めて綱吉は呟いた。

(猫かぶりは得意ですにゃー)


2009/1/25 無配書き下ろし分

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