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願い星、3回

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 流れる星に願いをかけた。

 叶えるつもりなんてなかった。

 君が怒ればそれでよかった。

 君が笑えばそれでよかった。




 ただ、君と居たかった。





 *****





 屋敷を抜け出して、緑の丘を登る。踏みしめるたびに湿気を含んだ青の匂いが鼻を掠めた。
 ボンゴレの屋敷を見下ろすようにその丘はある。
 屋敷に面した森にはたくさんの仕掛けがあって、守るのにも逃げるのにも役に立つように作られた。緑に囲まれた屋敷は一見するとアナクロな外見をしているが、その要所要所には表の世界ではオーバーテクノロジーと言っていいほどの技術が隠れている。
 そんな森の中、ぽっかりとその丘はある。上へと登るほどに木々は姿を消し、緑の芝生だけが足元を濡らす。言葉をなくすほど普通で、呆気に取られるほど美しい。そんな場所にそれはあった。

 そんな場所に六道骸の墓はあった。

 鮮やかであろう緑も今は、闇に薄暗く沈んでいる。タンポポだろうか、足を埋める草原の合間にくすんだ黄色が浮いて見える。見上げるまでもなく、開けた空はあまりに広い。
 平凡な風景だった。平穏な風景だった。
 およそその人物には相応しくない。そのことにそっと口元をゆがめる。
 この場所を六道骸の墓に指定したのはリボーンだった。もちろん最終的に決めたのは沢田綱吉だが、ここを勧めたのはリボーンだ。彼が何を思ってここを指定したのかは分からない。六道骸をボンゴレファミリーの墓地に入れたくなかったのかもしれないし、霧の守護者の死を公にするのを避けたのかもしれない。今、霧の守護者はクローム髑髏が勤めている。もとより正体の掴めぬ霧だ。それで特に問題も発生しなかった。

「あれ?」
 夜に少し湿り気を帯びた石の上に大きな花束があった。
「クローム達かな」
 他にこんなところにくる人間なんていない。白を中心に纏められたその花束の横に、僕も小さな花束を置く。いや、花束というにもおこがましい。黄色い雑草の花をここに来るまで集めてきたものだ。それでもこれが僕に出来る全てだった。本当ならここにも来るべきではないのだ。沢田綱吉として霧の守護者の死は十分に悼んだ。これ以上はするべきではない。
 空を見上げれば、何処までも広がるような星空だった。降るような、と言ってもいい。
 ちかちかと瞬く星のなか、一瞬流れる星を見つけた。尾を引いて流れるその煌きに、かつての光景がフラッシュバックする。

 ああ、そうだった。昔もこうして星を見上げた。







「流星群が来るんだって!」
 そう沢田綱吉に誘われて僕たちは深夜、河原に出かけた。守護者なんだからと強制した彼だって、おそらく家庭教師に言われての行動だっただろう。
 千種、犬、クロームを引き連れて、僕がそこに着いた時には既にある程度の人数が集まった後だった。少し離れた場所に雲雀恭弥までいたことに少し驚く。
「わぁ……!」
 感嘆を込めた驚きの声に流星が流れ始めたことに気づいた。小さく口を開いて見惚れているクロームや、けちをつけながらもはしゃいでいる犬を見守りつつ、僕はそのまま河原の坂に腰をかけた。ブラックジーンズに潰された草の匂いが鼻を掠める。
 沢田綱吉と愉快な仲間たちは右腕やら耳たぶやらと騒いでいる。爆発音と共にわぁわぁーと沢田綱吉が困ったような悲鳴を上げているのが聞こえた。どこまでも平和ボケした光景に僕はなんだか気を抜かれて、そっと欠伸を噛み殺す。目を閉じて気づいたことは、こんな空気も思いのほか悪くはないということだった。

「むっむくろっ!」
 ひょっこりと顔を覗かせた沢田綱吉の存在に、僕は一度閉じた目を開ける。近づいてきていたのは足音で分かっていた。
「なんですか」
「なんだはないだろ。せっかく来たんだから寝るなよ」
 眉をよせてそう言われて、仕方なく起き上がる。
「で、何をしろっていうんですか」
 起き上がった僕の腕を沢田綱吉が躊躇なく掴む。そのことに少し心臓が跳ねた。
「さっきみんなで願い事してたんだ。ほら、流れ星に3回願い事を言うと叶うってあるだろ?」
「はっ僕にもそれをしろと?」
 思いっきり馬鹿にしたように言ったのにも関わらず、彼は子供みたいに「うん」と笑って肯定する。彼の笑顔は子供みたいだったけれど、そんな彼に手を引かれる僕もそうとうだった。
「流れ星なんてただの塵ですよ。消滅するものに願ってどうしようって言うんです。そもそも3回なんて言い切れるはず無いでしょう」
「お前なぁ……。いいから言ってみろよ。叶ったらめっけもんじゃん」
 赤くなる頬を誤魔化すように僕が現実を告げると、彼は呆れたように顔を顰めた。そして困ったようにやはり笑う。そんな様子に僕はなんだか毒気を抜けれてしまって、仕方なく彼の要望の通りにした。
「はぁ、仕方がありませんね。……ボンゴレの身体を奪えますように×3!」
「なんか怖いこと言ってるー!?ていうかいい加減諦めろよっ!」
 彼がそう怒り出したのを見て、僕は何だか満足する。まるで幼い子供みたいに手は繋がれたままだった。





 そして今。
 こうして見る星はあの頃とまるで変わらないのに、何故かその輝きは色あせて見えた。彼が居ないんだからそれも当然だった。
 
ざぁあああと風が吹いて、花びらが舞う。

 六道骸の死に、驚くほど人々は悲しんだ。
 予想外の人の泣き顔を眺めて、沢田綱吉は自分も泣いた。泣いてもいいのだと判断した。
 特に千種や犬、クローム達の悲しみは痛々しいほどで、それを見るたびに胸が痛んだ。彼らにそんな気持ちを味あわせているのは自分だからだ。
 それでも、もう今更やめるわけにはいかない。六道骸はあの瞬間に死んだのだ。

 綱吉が居ないのなら、そんな世界に意味はない。

 ならば沢田綱吉を生かすしかない。忘れられないように、忘れないように。
 綱吉の声を、姿を、仕草を、そして彼の望みを。沢田綱吉となることで、僕は彼を忘れない。
 綱吉はもう居なくて、六道骸も既に死んで、ここに居るのはもはやただの亡霊だけれど。それでも、もうそれでいい。
 もう誰も僕を見なくても、もう誰とも会えなくても。永遠に独りぼっちなのだとしても、僕はもうそれでいい。僕は世界に彼を生かす。


 流れ星に願い事を3回。
「まさかこんな形で叶うなんて……」
 自嘲の笑みを浮かべようとした顔を手で覆う。言葉の続きも飲み込んだ。


 だって沢田綱吉はそんなことしない。





novel


2009/11/26