わたしの、わたしの好きな人







「骸様、好きです」

 心を示す精一杯の言葉は微かに空気を震わして消えた。いつだって私の声は小さくて、世界に掻き消されてばかり。

 ねぇ、お母さん。
 ねぇ、お父さん。

 私はたぶん、貴方達のことが好きでした。貴方達は私のことをきっとそんなに愛してはくれなかった。けれど、いくつかの優しい記憶が、思い出があって、私はそのとき貴方達を愛することを決めました。
 小さな優しさを胸に生きていくことを決めました。

 だから、だから、だから。

 お母さん、私は貴女のことを恨んでいません。お父さん、私は貴方のことを憎んでいません。
 私の声が届かなかったのは、きっと世界がうるさかったから。でもきっとそれすら私が悪いのです。
 私は叫ぶべきだった。払われても疎まれても、私は手を伸ばし叫ぶべきだった。大好きだと、愛していると。

 ねぇ、お母さんお父さん。わたし、好きな人ができました。
 小さな小さな私の声を世界から拾い上げてくれる人です。優しい人です。酷い人です。

 わたしの、わたしの、好きな人です。



 微かに震えただけの空気を拾って、骸様は私を見つめ微笑んだ。

「ええ、クローム。僕も君たちのことが好きですよ」

 そう言って、優しく優しく微笑んだ。そっと頬を冷たい手が撫でていく。

 いいえ、いいえ、違うのです。骸様、私の好きはそうじゃない。
 貴方が好きです。貴方が好きです。貴方が好きです。
 何と言えば伝わりますか。他にこの心を示す言葉を知らないのです。
 わたしは、わたしも犬や千種と同じように、貴方を尊敬しています。敬愛しています。信仰しています。
 でも同じじゃない心もあるのです。
 ねぇ、骸様。この心がただの愛だというのなら、二人と同じものだというのなら。

 どうして。
 どうして私は泣いているの。





これは恋ではないのですか?



novel


2009/4/1