「ねぇ、ボス」
私が呼びかけるとその人はどうしたの、と優しく微笑んでくれた。その顔から目を背けて私は再び口を開く。
「あのね、もしもね、私と骸様の二人が崖から落ちそうだとして、ボスはどっちを助ける?」
そう告げるとボスは少し驚いたような顔をして、それから困ったように微笑んだ。
「その崖は高いの?」
「高いの。落ちれば死んじゃうくらい高いの」
「死ぬ気になれば、両方助けられる気もするんだけど、やっぱり駄目だよねぇ?」
「ダメよ」
私がきっぱりと答えると、ボスはさらに眉を下げた。そして少し迷うそぶりを見せてから、そっと私の頭を撫でた。
「そうだなぁ。無理だとしても、俺は両方助けるよ」
その答えがあまりにらしくて、私はその人の顔を見上げた。責めるような目になっていたかもしれない。どちらも選ばない彼の答えは、あまりにずるくて、そしてやっぱり彼らしかった。だから悔しかった。
「骸様は、」
「ん?」
ボスが首を傾げる。その目は優しい色をしているのだろう。だから私は目を伏せて続きを口にする。
「骸様は、私とボスだったら、きっと私を助けるわ」
ボスを、貴方を見捨てるわ。
そう告げると、その人はまばたきをした。
「うん、そうだろうね。それでいいと思うよ」
傷付いた瞳を見れたのは一瞬で、それはすぐに目蓋の下に隠れてしまった。再び現れたときには、もうさっきまでの優しい色しか残っていない。
それが悔しい。
私は彼にもっと傷付いて欲しかった。でなければ気づいて欲しかった。
だけど、彼はまばたきをしただけで、それを受け入れてしまった。
だから、私は言葉の先を口にしない。
事実として、骸様は私とボスのどちらかが死に掛けていて、片方しか助けられないとなったら、きっと私を助けるだろう。だけど、それは骸様にとって私がボスより大切な存在だからじゃない。あの人はああ見えて、自分を犠牲にするところがある。自分の優先順位が低いのだ。
骸様はボスが好き。
だからこそ、骸様はボスを選ばないだろう。自分の望みを叶えようとはしない。
ああ、私はそれが口惜しい。
私はそんな形で大切にされないんじゃないのに。
死にたいわけじゃない。選ばれたくないわけじゃない。
ただ、あの人に望むように生きて欲しいだけ。手を伸ばすことを、諦めないで欲しいだけ。
「クロームだったらどうする?」
「?」
「さっきの話」
ボスの言葉に首を傾げて、そして考える。
さっきの話。骸様と私が崖から落ちかけていたら?それとも私とボスが?それともそれとも、死にかけているのはボスと骸様?
質問の意図も定まらないまま、それでも私は口を開く。だってどれでもいっしょだもの。
「私だったら、飛び降りるわ」
手を離して、手を払って、両手を広げて、私は崖から落ちるだろう。
迷いなく微笑んでそう告げると、ボスは戸惑うように言った。
「えっと、例えばの話だよね?」
その問いに私は頷く。
そう、これは例えばの話。例えばあってほしい未来の話よ。

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