「おはよう、骸くん」

 瞼を開いて最初に目に入った白い髪に何故か強烈な違和感があった。一瞬だけ湧き上がった、殺したいほどの憎悪。どうしてだろう。確かに僕はマフィアが憎いけれど、それでも彼だけは例外なのに。
 名を呼ぼうと開けた口が動かない。いつものようにただ呼びかけようとしただけなのに。どうして。口を開いたままフリーズした僕を覗き込む男は髪も服もただ白い。

「・・・・・・白蘭」

 ようやく出た名前を心の中で反復する。そうだ、彼は白蘭だ。一体僕は誰だと思ったのだろう。

「気分はどう?」
「僕、いったいどうして・・・」

 起き上がろうとすると身体のあちこちに痛みが走った。中でも一番ひどいのは右目だ。思わず手を当てると丁寧に巻かれた包帯が指に触れた。目覚めたばかりで気が付かなかった。そういえば、視界が欠けている。きっと先程の違和感もこのせいだったのだろう。

「骸くん、怪我で記憶が混乱しているんだよ。ちゃんと自分のこととか分かる?」

 軽口ではなく、本気で言っている様子の白蘭に、よほど心配をかけてしまったようだと悪く思うと同時に少し嬉しい。

「クフフ、大丈夫ですよ」
「骸くん」

 咎めるように呼ばれた名に肩を竦める。

「はいはい、僕は六道骸で貴方の側近。歳は25歳。嫌いなものは辛いものとマフィアで好きなものは制服とチョコ。ついでに貴方の名前は白欄。ミルフィオーレのボスで、僕の上司。・・・ほら、どうです?大丈夫だったでしょう」

 自らが口にした言葉を確かめるように、もう一度心の中で繰り返す。うん、これで合っているはずだ。彼こそが僕の愛すべき上司、僕の大空。

「・・・・・・うん、合ってるよ。良かった」

 心底安心したように笑う彼を見て、僕も頬をゆるめる。

「でも、どうして僕はこんな怪我をしているんですか?」

 治療されてはいるが、身体中に付いた傷はまるで激しい戦闘でもあったかのようだ。しかも右目をこうまで傷付けられるなんて真似を僕が許すなんて。

「骸くんはボンゴレにやられたんだよ」

 ボンゴレ。イタリア最大だったマフィアだ。ミルフィオーレの手によってほぼ壊滅状態だったと記憶していたのだけれど。この僕に記憶の混乱を引き起こさせるほどのダメージを与えるなんてさすがは腐ってもボンゴレと言ったところか。

「大丈夫だよ。そっちは俺が手を打ったから。骸くんは僕の傍で療養してて」

 己のふがいなさに歯を噛みしめていると、そっと白蘭の指が頬を撫でた。

「ここにいてね」

 そう言ってぎゅっと抱きしめられる。その腕の中で僕はそっと目を閉じた。

 微かな違和感なんてすべて忘れるために。



まっしろな世界に
おはよう





novel



2008/8/9