ゆんゆん
部屋の真ん中に鎮座していたものに俺は眉をしかめた。 「なんだ、これ」 四肢を投げ出してそれはカーペットの上に横たわっている。 「リボーンかな。また変なもの持ち込みやがって」 不気味だが、散々奇天烈な出来事に巻き込まれてこれくらい今更驚くようなことではない。邪魔なそれを避けて鞄をベッド横に置く。 それでも少しは気になるのでちらりとそちらに見ると眼が合った。 思わずびくりと肩を震わす。 それは瞬きすることもなくじっと、一点を見つめていた。偶然その視線上に俺が立ってしまっていたのだろう。そう分かってはいるのだが、それでもなんだか気味が悪くて俺はそれを転がしてうつ伏せにした。 「マネキンなんて、変な修行とかする気じゃなきゃいいけど」 ぼやきながら俺は部屋を出る。さすがにマネキンと二人きりになる気はなかった。 *** 「しらねぇゾ」 リボーンに問いただしてみたのだが知らぬ存ぜぬで、一応母さんにも聞いてみたが知らないと言われた。あのマネキンは一体どこからきたのだろう。ホラーにありそうな展開に俺は顔を青くした。 「捨てよう!すぐに捨てよう!」 リボーンは「面白そうじゃねぇか」と笑っていたが、出自の分からぬマネキンに怯えた俺は一刻もそれを処分しようと怯えながらも抱えあげた。ぶらんぶらんと腕が揺れる。 「あら、だめよー」 「なんで!」 にこにこと笑う母さんに止められて、俺は不満の声を上げる。 「だって、燃えないゴミは火曜だもの」 俺はジッとマネキンを見つめた。マネキンが燃えないゴミでいいのかは分からない。しかしとりあえず燃えるゴミではなさそうだった。明日は水曜、可燃ごみの日である。 せめて押入れに置こうとしたのだが、母さんに押し切られてマネキンは俺の部屋に置くことになってしまった。俺はしぶしぶ部屋の隅にそれを置く。ぐったりとしたマネキンはまるで死体のようで、薄気味悪さに俺はやはり眉をしかめた。 「頼むから、髪とか伸びないでくれよ」 願いをこめて呟くが、当然マネキンはうんともすんとも言わなかった。言ったら俺は泣く。 *** 学校から帰るとランボとイーピンがマネキン遊んでいた。呪われないか気になったが、チビどもから取り上げる気力もなく、俺はぼーっと等身大のマネキンと小さなリカちゃん人形で繰り広げられるままごとを眺めていた。実にシュールだった。 やがて飽きたのか人形を放り出して遊びに言った二人にため息を吐き、俺はマネキンを持ち上げた。いや、イーピンは自分の人形を片付けていたし、おそらくランボにも片付けるように言っていたのを俺がいいと言ったのだ。ランボの大きさではおそらくマネキンを引きずることになるだろう。それはマネキンが等身大だけあって気分的にちょっと痛い。 「あれ?」 マネキンの腕に黒い線を見つけて俺は首をかしげた。どうやら油性ペンのようだった。またランボの悪戯だろう。 「油性ペンで遊ぶなって言ったのに・・・」 帰ってきたら叱ってやらなくては思っていると、マネキンの足にも落書きを見つけた。ふくらはぎのあたりに『£>3』と書いてある。どうやら文字のようだった。 「えーっと?」 ランボの拙いひらがなで書かれたそれはひどく読みづらくて俺は首を傾げる。 「む、く、ろ、かな?」 解読できた言葉に俺は少し驚いた。どうしてランボが骸の名前なんて書くんだろう。確かに二人は俺の守護者ではあるがほとんど接触はなかった筈だが。 しかしよくよく見てみればマネキンは少し六道骸に似ていなくもなかった。マネキンは普通の茶色の髪にシンプルな白い上下だったが、確かに顎のラインや背の高さは似ているかもしれない。きっとランボもそう思って骸の名をマネキンに書いたのだろう。 俺はそう納得して抱えなおしたマネキンを部屋に仕舞った。 *** そして木、金、土、日、月とマネキンは俺の部屋の片隅に置かれ続け、火曜になった。燃えないゴミの日である。俺は部屋の隅にあるマネキンをちらりと見つめて、鞄だけもって家を出た。捨てるのは少々可哀想な気がしたのだ。おそらく情がわいたのだと思う。 *** 「ただいま、骸」 俺は部屋に帰るなりそう笑いかけた。視線の先ではマネキンがぐったりと座っている。 「今日はお前に似合いそうなピアスを買ってきたんだ」 マネキンの頬を撫でて、濃紺の髪を漉く。髪は俺が染めたものだ。普通のドラッグストアには売っていない色だから調合するのに苦労した。髪型を再現するのには苦労した。一体どうなっているのか全然上手くいかないで困っていると、見かねたビアンキがひどく顔を顰めながらやってくれた。ビアンキは料理こそアレだが、手先はとても器用なのだ。 いつまでも白の上下では可哀想なので、似合う服も買ってやった。今ではタンスの半分くらいは俺には大きいサイズの服が収まっている。 まぶたの上には髪と同じ染料で染めた付けまつげがびっしりと生えている。瞳には青と赤の色ガラス。本当はもっと拘りたかったけれどさすがに中学生の小遣いでは宝石など買えない。その代わりに手芸用品店やらホームセンターやらを30店くらいまわって見つけた、暗すぎず明るすぎない青と赤でそれなりに妥協できる色だ。 「付けてあげるね」 鞄から小さな袋を取り出す。獄寺くんに教えてもらったシルバーアクセサリーブランドだ。銀に入った細やかな装飾が美しい。これで今月の俺のお小遣いはゼロだ。 机の下にしまっている工具箱から千本通しを取り出して、マネキンの耳に穴を開ける。ピアスだけで塩化ビニルに穴を開けるのはやはり難しいからだ。プッと音がして塩化ビニルに穴が開いた。そこに先ほどのピアスを挿入する。 「うん、やっぱり似合うよ」 マネキンの耳元できらきらと輝くピアスに満足して俺は微笑んだ。 「骸」 俺はマネキンに呼びかける。本物がいま何処にいるのかなんて俺は知らない。たまに偶然会うこともあるけれど、いつだって向けられるのは憎々しげな瞳と棘のある言葉だけ。だから俺は何もいえずに、言葉を飲み込み黙り込む。すると彼はますます俺をにらみつける。 「むくろ、骸」 マネキンの髪を梳き、俺はただただ壊れたレコードのように名前を呟いた。本物にはいえない、行き場をなくした言葉を吐き出す。だってこっちの骸は俺が何をしても何を言っても文句も言わない。 「骸、好きだよ」 マネキンはもちろん何も返さない。それでいいのだと俺は俺の骸を抱きしめた。 |