黄泉の河を越えて 「って、俺を恨んでいないなら、どうして俺を殺そうとするんだよ!」 びしょ濡れになった服を河原で絞っているときに、ようやくそこに思い至った。そういえば俺はそれに決着を付けようとここに来たんじゃないか! 「はぁ……やっぱり君って馬鹿なんですねぇ」 「な、なんだよ!」 馬鹿じゃないとは言い切れないけど、そこまで言われる覚えはない!たぶん! 「否定はしないんですね」 「うぅ」 だって、さっきの今でさぁ……。 ムクロのつっこみに思わず目がバタフライで泳ぐ。ちなみに俺はバタフライどころか平泳ぎでも15mが精一杯だ! 「いいですか!君が、何度も何度も何度も何度も死にかけたのは!単なる君の運の悪さと不注意のせいです!」 「ええっ!じゃあ、なんでそのたびにムクロが出てきたんだよ!?」 「僕が君を殺そうとするわけないでしょう。僕はただ無駄なほどに死にかける君を止めようとしていただけです」 そういえば植木鉢が落ちてきたときも、車にひかれそうになったときも、ムクロの姿が見えたから足を止めたんだっけ。あれ?もしかしなくてもそれがなかったらどれも直撃コースだったんじゃないか? 想像すると背筋が震えた。顔が青くなっているのが分かる。 「君に見えるようにかーなーりー頑張っていたのに、君が見ようとしないせいで声は届かないし。挙げ句の果てには犯人扱いですか」 「うーわぁーっごめん!マジでごめん!」 やってられません!と憤慨するムクロに俺は平謝りすることしかできない。命の恩人を犯人扱いってどんだけ恩知らずだよ俺。あれか?これはもう土下座するべきか?ジャンピング土下座か? 「……はぁ、いいですよもう。君が僕を見てくれた。それで十分です」 「ムクロ……っ」 本格的に土下座しようとした俺にそう言って、ムクロは優しく微笑んだ。どうしよう俺、感動でなんか泣きそうっ! 「その理由はちょっと気に食わないですけどね」 「え」 「『彼女を未亡人にするのは嫌だから、どうせ殺されるなら今のうちにー』なんて、彼女愛されてますねー。僕としては大いに不愉快な誤解ですけど。 まぁ一応親友として祝福しますよ。婚約オメデトウゴザイマス」 「えぇっ!?なんでムクロがっ」 なんでムクロがそんな知ってるんだ!?だって俺誰にも言ってないのに! 「言ったでしょう?僕はずっと君を見ていたって」 えっと、つまりずっとムクロは俺のそばにいて、俺のやることなすこと見てたってこと? 「それ、覗き……」 「失礼な!見守っていると言ってください!」 思わず呟くと怒られた。いや、だってさ。ねぇ? ***** ふよふよと浮きながら俺の横をムクロが浮いている。なんだかやっぱりちょっと面白い光景だ。もうすぐ並盛ではなく今の俺の家に着く。 「そういえば、ムクロは成仏とかしないの?」 誤解されないように言っておくが、間違ってもムクロに成仏してほしいわけではない。いつまでも彷徨っているのも悲しいけれど、せっかく久しぶりに再会できたのだからもう少し一緒にいたい。 「んーどうなんでしょう?君が泣かなくなれば成仏できると思ってたんですけどね」 こてんと首を傾げると併せて水がぴちゃんと鳴った。ムクロは今も水に包まれている。本当になんでだろう。俺はもう泣いているつもりはないんだけどな。 「まぁ、せっかく見えるようになってくれたんですし、今度こそちゃんと君を守りますよ」 そう微笑むムクロはちびっこなのになんだか男前だ。それでいいのか。むしろ俺がこれでいいのか。 「ん、まぁお願いします」 子供に守られるのはさすがにどうかと思うけれど、そうされなくては俺は簡単に死んでしまうだろう。そのことについてはさっきムクロに説教されたばかりだ。 「あ、そうそう。ということで今まで通り君の側にいますけど、気にしないでくださいね」」 「気に……?」 「まぁ具体的に言うと夜の生活とかー」 「いや、それ気にしないの無理だろっ!?」 なんだそれ!なんだそれ!なんだそれ!普通にそういう時は気遣って離れろよ! 「えーだって今更ですよー。君の精通だって、はじめて(はぁと)だって目撃済みですよ?」 「えっと、ムクロさん。それは離れるとかは無理なんですか」 「いえ、別に普通にできますよ。見てたのは単に興味本位です」 「じゃあ、やっぱり覗きじゃねぇか!」 そんなこんなで死にやすい俺と幽霊なムクロの新たな生活が始まったのでした。 「あ、そこの道から自転車が・・・」 「ぎゃあ!言うのおせぇよ!」 END…? ←back |